06 岩山の牢獄 (1)
改修を終えたデュランダルが、再び海へと漕ぎだした頃。
悪魔のところへ向かっていたハクトとシルバーは、とある島へたどり着いていました。
「うむ、なんとかなった!」
「……」
小さなボートから降り、胸を張ったハクトに、シルバーは何も言いません。
「おやシルバーくん、元気がないね?」
「……ハクト。アナタハ、ナゼ元気ナノデス?」
草原を超え、山を登り、森をさまよって、洞窟で迷い、川を下り。
そこまではよしとします。冒険ですから、色々なことがあって当たり前です。
ですが海を越えようとする青白い炎を、川下りに使った手漕ぎボートでそのまま追いかけるなんて。
ありえません。
水も食料もギリギリでした。途中で天気が崩れ、何度も大波をかぶって転覆しかけたときは、生きた心地がしませんでした。
「モウダメカト、思イマシタ」
「はっはっは、シルバーくんは臆病だなぁ」
「ハクトガ、無謀ナンデス」
「無事だったのだから、いいじゃないか」
「ソウイウ問題デハ……イエ、モウイイデス。先ヲ急ギマショウ」
早く来いと言わんばかりに、悪魔の分身である青白い炎が揺れています。
ハクトはシルバーをくくりつけているカゴを背負い直し、急いで青白い炎を追いました。
「しばらく前から、ずっと夜だね」
森の中で洞窟に入る前は、白夜の世界でした。ですが、長い洞窟を抜けてからはずっと夜で、それ以来一度も夜は明けません。
「それに、極夜にしては少々変だ」
空に浮かぶ半月を見て、ハクトは首を傾げました。
本当の極夜であれば、半月は見えないはずです。ましてや地上を見下ろすような、高い位置に月が登ることはありません。
「月……ううむ、大事なことを忘れている気がするな。はて、なんだっけ?」
「余計ナコトハ、タクサン覚エテイルノニ、デスカ?」
「ほほう、言うようになったではないか、シルバーくん」
「エエモウ、遠慮ハ、ナシデス」
初めは遠慮がちだったシルバーも、ハクトが無茶ばかりするものだから、今ではまったく遠慮がありません。言いたいことは言わないと、この自称マッド・ドクター相手ではイライラするばかりなのです。
「うむうむ。やはり旅は、気のおけない相手とするに限るね」
「ソレニハ、同意シマスガ」
「おや、何か言いたいことでもあるのかね?」
「モウ少シ、常識的ナ行動ヲ、オ願イシマス」
「いけないねえ、シルバーくん。常識というのは、新しいものを生み出す最大の敵だよ」
「アノデスネ……」
ピピピッ、とシルバーのセンサーが警告音を出しました。
「ハクト」
「うむ。ついてきているのかね?」
「ハイ」
気づいたのは、森をさまよっているときでした。
二人から付かず離れずの距離を、十数名の白い小人が追ってきているのです。襲撃されるのかと警戒した二人ですが、どうも違うようです。
むしろ、二人を助けてくれているようです。
森の中で迷っていた二人を、それとなく洞窟まで導いてくれました。
洞窟の中では、壁に明かりを灯し、小石を並べて正しい道を示してくれました。
川下りや海を渡るのに使ったボートを用意してくれたのも、きっと小人たちでしょう。
「海で転覆しかけた時、助けてくれたのも小人たちだろうね」
「何ガ、目的デショウカ?」
「さて。助けてくれるのなら、堂々と出てきてくれてもよいのだが……」
ひょっとしてと、ハクトは先導する青白い炎を見ました。
白い小人たちは、悪魔の分身を警戒しているのかもしれません。敵とみなせば容赦のない悪魔です。うかつに出てこれないのは確かです。
「まあいい。害はないのだから、このまま進もう」
「ハイ」
二人がたどり着いたのは、ゴツゴツとした岩だらけの島でした。
生き物の姿はなく、草木も生えていません。
「どうやら、あの岩山に向かっているらしい」
島の中央に、大きな岩山がありました。三角錐の形をした、まるで塔のような岩山です。青白い炎が連れて行こうとしているのは、その岩山のようです。
(はて……?)
その岩山を見て、ハクトの心がなぜかざわめきました。見覚えがあるような、そんな気がしたのです。
「アソコニ、悪魔ガ、イルノデショウカ」
「そうあってほしいね」
水も食料も残りわずかです。どこかで補給しないと、これ以上旅を続けるのは難しいでしょう。
「この島では補給ができなさそうだ。急ぐとしよう」
◇ ◇ ◇
すぐそこに見えた岩山ですが、たどり着くまでに丸一日かかりました。
「うむ……さすがに、疲れたな」
空を飛び軽々と岩を超えていく青白い炎と違い、ハクトは一歩一歩、岩を乗り越え、よじ登り、歩いていくしかありません。しかも重たいシルバーを背負いながらです。
「やはりバッテリーの軽量化は必須だな。うん、この課題はなんとしても克服しよう」
「申シ訳アリマセン」
ただ背負われていただけのシルバーが謝ると、ハクトは笑いました。
「なに、気にするな。助け合うのが仲間じゃないか」
「ソウ言ッテイタダケルト、助カリマス」
「君の力が必要になったら、全力で助けてくれたまえ」
残りわずかな水を三口ほど飲んで、ハクトは岩山を見上げました。
「しかし大きな岩山だな。まるで城ではないか」
「オ城ニシテハ、少々殺風景デスガ」
「ふむ……」
そういえばと、ハクトは考えを巡らせます。
悪魔は「天使に気づかれるとまずい」と言っていました。
分身である青白い炎が、自在に空を飛び、アンドロイドを一蹴するほどの力を持っているのに、本体が現れないというのも奇妙です。
「牢獄、かもしれないね。ひょっとして悪魔は、ここに閉じ込められているのか?」
ハクトの推測は、すぐ確信に変わりました。
青白い炎がゆらゆらと揺れながら待っていたところに、岩山の入口らしきものがありました。入口は外側から厳重に鍵がかけられていて、太い鎖で幾重にも封印されています。
「これは、なかなかやっかいそうだね」
「手持チノ工具デハ、破壊ハ無理カト」
「そうだね。デュランダルの大砲でも打ち込めば壊れそうだが……」
正面突破は無理そうです。
ハクトは他に入口はないかと、岩山の周囲を探りました。
「ううむ、人間の常識で考えれば、必ずどこかに通用口があるはずだが……」
「常識ハ、新シイモノヲ生ミ出ス、最大ノ敵デハ?」
「敵の裏をかくときには、常識が最大の武器なのだよ。人間は、常識にとらわれてポカをやらかすからね」
「相手ハ、人間デハナク、天使様デスケドネ」
「……君、ツッコミが鋭くなってきたね」
「鍛エラレマシタカラ」