05 エンジニア・リンドウ (4)
妖精たちは早速作業に取りかかりました。
デュランダルの古いエンジンが運び出されていきます。作業にあたる者、警護にあたる者、みんながピリピリとしています。アンドロイドの襲撃を警戒しているのです。
「よし、終わったね」
エンジンを積んだ巨大なトレーラーが闇に消えた時、リンドウはほっと息をつきました。
デュランダルの古いエンジン。
大渦に飲み込まれたせいでしょう、破損がひどく、天才エンジニアのリンドウでも、完全な修理は無理と判断しました。
ですが、大海原を行き、多くの冒険を乗り越える力を生み出してきたエンジンです。そこには、デュランダルの魂と言えるものが宿っているような気がしました。
その魂を、引き継げないか。
リンドウはそう考え、古いエンジンの使えそうな部品を、新しいエンジンの部品とできるだけ交換しました。そしてエンジン本体は、「世界を救う翼」に載せようと決めたのです。
「技術者らしくない考え……かな」
ですが、敵は天使です。神様の力を借りる存在です。生半可な強さでは返り討ちにあうでしょう。やれることは、やっておいて損はないのです。
そして、やれることがもう一つ。
「お待たせ」
リンドウが事務室に戻ると、黒いツナギ姿の妖精が五人残っていました。
「こっち来てくれる?」
リンドウは妖精を手招きし、事務室の奥にある小さな部屋へと連れて行きました。
部屋の中には大きな机があり、その上に布をかぶせた何かが置いてあります。
「あんたたちに頼みたいのは、これだよ」
リンドウが布を取りました。
そこにあったのは、魔女が使う杖とほうきです。
「マレからの預かり物でね。せっかくだから、ちょっとイジったけど」
「ピィィ?」
「いや『ちょっとぉ?』て、そんな顔しなくても……あー、はいはい、うそです、めっちゃイジりました」
杖とほうきは、魔女が自分で作るのがしきたりです。そして一度作った杖とほうきは、ずっと使い続けるものだと聞いています。
ですが、何か予感があったのでしょう。
マレは新しい杖とほうきを作り、リンドウに預けたのです。
──いつか必要になったら取りに来るから。
──それまで、預かっていてほしい。
そう言って、引き止めるみんなを振り切って、一人でシオリを助けに行ってしまったマレ。
「……あの一撃で、目を覚ましてりゃいいけどね」
リンドウは妖精の前にしゃがみ込み、頭を下げました。
「お願いだよ。マレを探して、ここへ連れて来てちょうだい。きっと、これが必要なはずだから」
本当は、リンドウがここでマレが来るのを待っているつもりでした。でも、それは無理そうです。
魔女を探せ。
勇者は消せ。
天使はアンドロイドにそう命じていると聞きました。ここに気づくのも時間の問題でしょう。仲間がそろわないうちは、できるだけ戦いを避ける必要があります。
「私はコハクたちと一緒に、アジトへ行くつもりだ。追いかけて合流してくれと、マレに伝えてほしい」
「ピィッ!」
任せておけと、妖精たちは力強く胸を叩くと。
「ピィーッ!」
勇ましい声を上げ、あっという間にいなくなってしまいました。
◇ ◇ ◇
ついにデュランダルの改修が終わりました。
コハクの足のケガもずいぶんよくなり、松葉杖をついて自分で歩けるまでになりました。
「よっしゃぁ、行くぜぇっ!」
新しい帽子とマントを羽織り、コハクは意気揚々とデュランダルに乗り込みます。
「もー、あんまり無茶しちゃダメだよ、まだ治りきってないんだからね!」
すっかりコハクのお姉ちゃんになったカナリアが、エプロン姿でリュックを背負い、コハクについて歩いています。
そんな二人を「ほほえましいねえ」と眺めながら、ツナギ姿のリンドウが続き、そして乗組員として三十人ほどの妖精がついて来ます。
「あれ、全員で行かないの?」
「ああ。あいつらには、まだやることがあるからね」
残った妖精は二百人ほど。こんな大人数で何をやるのだろうと、カナリアは不思議に思います。
「おい、リンドウ。何を隠してやがる?」
「まだナイショ。私のとっておきだからね」
「とっておきぃ?」
「みんなが集まったらちゃんと言うから。それまでは楽しみにしててよ」
「ふん、まあ、いいけどよ」
再びデュランダルで出航できるのが嬉しいのか、コハクは上機嫌です。リンドウの「とっておき」について追求はせず、軽い足取りで艦橋に上がりました。
「いい感じじゃねえか」
操舵台に代わって作られた艦橋は、雨風がしのげて快適です。これなら極地の海でも航海できそうです。
なくなった煙突に描かれていた海賊マークは、旗にして船尾に立てると同時に、甲板に大きく描かれています。
「ちきしょー、気分アガるぜー!」
「まだエンジン慣らしだからね、無茶するんじゃないよ」
「わかってらぁ!」
リンドウがエンジンを始動させました。
フォォォォーン、とディーゼルエンジンとはまるで違う音が響きます。妖精たちがキビキビと船を駆け回り、デュランダルが動き始めます。
「エンジンよし、各部機関、問題なし!」
ピ、ピ、ピ、ピ、と計器類にランプが灯っていきます。その全てが正常値なのを確認し、リンドウはうなずきました。
「出航準備よし! 船長!」
「おう! デュランダル、抜錨!」
下ろしていた錨が勢いよく巻き上げられました。
コハクは意気揚々と舵を握り、隣に立つカナリアに目を向けます。
「途中で降りたい、て言っても、もう降りられないぞ、カナリア」
「そんなこと言わないもん!」
カナリアはぷくりとほおを膨らませ、でもすぐに笑顔になってガッツポーズをしました。
「私だって、勇者だよ!」
「よく言った!」
かつて海賊団の一員だったことを忘れてしまったカナリア。今もまだ思い出してはいませんが、コハクにとっては小さなことです。
大切なのは。
仲間とともに、また冒険の旅ができることなのです。
「よっしゃぁ、行くぜ!」
バラバラになった仲間を探しに。
「世界を滅ぼす魔女」となった、マレの目を覚まさせに。
そして、どこかに消えてしまった、シオリを助けに。
「デュランダル、発進!」
コハクの威勢のいい声とともに、海賊船デュランダルは再び海へと漕ぎ出しました。