05 エンジニア・リンドウ (3)
カナリアを助けに行く。
そう言って、魔女のマレは次元を超えて飛んで行きました。
ですが、ボロボロになって帰ってきて、大泣きしたのです。
──カナリアを助けられなかった。
──世界と一緒に、カナリアは消えてしまった。
声を上げて泣くマレを、コハクも泣きながら慰めたのです。
ですが、カナリアは帰って来ました。
「どうだった、て言われてもな」
間違いなく、コハクが知っているカナリアでした。
でもカナリアの方は、マレのことを全く覚えていませんでした。シオリのことも、かつて海賊団の一員として一緒に旅したことも、まるで覚えていないのです。
「アカネ、アオイ、ヒスイ、ハクト、俺。それと、どういうわけかリンドウ。カナリアが覚えていたのは、六人だけだ」
いや、とコハクは腕を組みます。
「覚えていたというより……知っていた、て感じかも」
「そうだね、そんな感じだね」
コハクの言葉に、リンドウはうなずきました。
「私もカナリアに……初めまして、て言われたし」
起きたばかりで記憶が混乱しているのかと思いましたが、そうではなさそうでした。
カナリアにとって、リンドウは「飛行士ヒスイの幼馴染で、天才エンジニア」であり、会うのは初めての人だったのです。
「やっと再会できた仲間に、初めまして、て言われるの……ちょっとキツかったよ」
「あいつ……記憶喪失なのかな?」
「どうかねぇ」
多分違うだろうなと、リンドウは思いました。
記憶喪失なら、リンドウやコハクたち六人のことも忘れているはずです。勇者の軍団として参加した五人とリンドウだけを覚えているというのは、たまたまとは思えません。
「……なあ、何が起こっているんだ?」
どこかへ消えてしまった、シオリ。
「世界を滅ぼす魔女」となった、マレ。
バラバラにされ、仲間だったことを忘れてしまった海賊団のみんな。
いったい誰が黒幕で、目的は何なのでしょうか。
「そういや、あの妖精たちはなんなんだ?」
「実は、私もよくわかっていない」
仲間とはぐれ、一人で海をただよっていた時、どこからかやってきてリンドウを助けてくれた妖精。
以来、ずっと行動を共にしていますが、そもそも妖精が何者なのかは、リンドウもわからないのです。
「ただね、妖精もシオリを助けようとしているんだよ」
「へ? なんで?」
「さあ? 教えてくれないんでね」
あんたたちは、シオリとどういう関係なんだい?
リンドウが尋ねても、妖精たちは「ピッピピ〜♪」と口笛を吹いて知らんぷりをするだけです。何度尋ねてもそうなので、きっと、答えたくないのでしょう。
あるいは、答えられないのでしょう。
「まあ、味方なのは確かだね。天使とは、はっきり敵対してる」
「天使か……くそっ、あいつもわけわかんねえし」
世界を滅びから救うため、神様の命令で勇者の船団を作った天使。
ですが、魔女に敗れバラバラになった勇者を助けに来るどころか、手下のアンドロイドに襲わせたのです。
「何がしたいんだよ、あいつは。自分でやりゃあ、俺たちなんて簡単に全滅させられただろうに」
「神様が、ダメだって言ったんだと思うよ」
「なんでわかるんだよ?」
「いや、まあ……天使は神様の使いだからね。そうなんじゃないかな、て」
「それもそうか」
コハクは、イライラした感じで頭をかきました。
「あーもー、わかんねー! あの天使、いったい何を考えてるんだよ!」
「そうだねぇ……ひょっとしたら、いまだに悪魔と戦ってるとか」
「悪魔ぁ? そんなのいるのかよ?」
「いるらしいよ。マレが言ってた」
もうずっと昔ですが、全世界の支配をかけて、天使と悪魔は何度も戦いました。最後は神様を味方につけた天使が勝ち、悪魔は天使が作った牢獄に閉じ込められているのです。
「ふうん、初めて聞いたぜ」
「私もマレに教えてもらうまで、知らなかったけどね」
「マレのやつ、何でそんなこと知ってるんだ?」
「まあ、天才魔女だからねぇ。それに……」
お弁当を配り終えたカナリアが、こちらに戻ってくる姿が見えました。
この話題は、そろそろ終わりです。
「悪魔と契約をして力をもらった、そんな魔女もいるからね。ひょっとしたらマレは、悪魔に会ったことがあるのかもね」
──少し後のことになりますが。
コハクにそう言ってしまったことを、リンドウはとても後悔することになりました。
◇ ◇ ◇
リンドウと妖精たちの必死の作業の甲斐あって、デュランダルの改修は順調に進みました。
「なんとか、なったね」
リンドウは、事務室の窓からデュランダルを眺めていました。
明日には改修が終わり、試運転ができるでしょう。コハクのケガもだいぶ良くなり、松葉杖をつきながら歩けるようになっています。
「うん、いい船だ」
エンジン交換で不要になった煙突が取り外され、デュランダルは別の船のようです。
煙突は、海賊マークが描かれた船の象徴とも言える部分でした。それを外すのですから、コハクに文句を言われると思っていました。
ですがコハクは「任せると言った以上、文句は言わねえよ」と、ちょっと寂しそうな顔をしただけでした。
「ほんと、大人になったら、すごい船長になるだろうねぇ」
そういえばと、リンドウは思い出しました。
海賊団は、最年長のリンドウやハクトでも十六歳でした。頼りになる大人がいなくて大丈夫かと、何かの時にシオリに聞いたことがあります。
──大人なんて、いらない。
シオリはぽつりとそう言っただけでした。軽い気持ちで尋ねたことに、とても重い口調で答えられたので、面食らったものです。
「ずっと宮殿に閉じ込められていたらしいし……何かあったんだろうね」
「ピィ!」
ぼんやり考え込んでいると、妖精の声が聞こえました。
振り向くと、黒いツナギ姿の妖精が、びしり、と直立不動で敬礼していました。
「来たね」
リンドウはうなずき、妖精とともに工場へ向かいました。
工場に行くと、黒いツナギ姿の妖精がたくさんいました。リンドウが姿を見せると、一斉に姿勢を正して敬礼します。
「お疲れさん」
ほんと軍人だねと、リンドウは苦笑します。
「頼まれたことは全部やったよ。まったく、あんたら人使いあらすぎ」
「ピピッピ?」
「はいはい、おっしゃる通り。ちょー楽しかったよ」
リンドウは持ってきたバインダーを、先頭に立つ妖精に渡しました。
「これが、デュランダルの前のエンジンの説明書。実物はあれ」
リンドウが指差した先には、シートをかけて梱包済みの、古いエンジンがありました。
「ざっと掃除はしたけど、オーバーホールはそっちで頼むね。それから……」
リンドウは妖精たちに、次々と細かな説明をしていきました。妖精たちは、時にメモを取りながら、真剣に話を聞いています。
「魔導エンジン、光子エンジンとの接続は設計図の通りに。最終調整は私がやるよ」
「ピィ!」
「じゃ、頼んだよ。これ、艦長への報告書ね」