02 勇者の船団 (1)
『小さな村の小さなパティシエ』
山奥の小さな村に、とてもおいしいお菓子屋がありました。
村の人はもちろん、隣の村や、遠く離れた王都からも買いに来る人がいる、とてもおいしいお菓子屋でした。
そのお菓子屋のオーナー・パティシエは、なんとまだ十歳の女の子です。
でも、子供だからと、バカにしてはいけません。
名パティシエとして知られていたおじいさんに、三歳のときから鍛えられていたのです。その腕は超一流で、王妃様が「お抱えパティシエとして雇いたい」と言うほど。特にパンケーキは絶品で、一度食べたら忘れられない、とろけるようなとても優しい味でした。
さて、ある日のことです。
パティシエは………………。
※ ※ ※
──光が、はじけました。
「モウ、イイ、デスヨ」
途切れ途切れの声にそう言われ、『パティシエ』はおそるおそる目を開けました。
「ふわぁ……」
目に入ってきた光景に、パティシエはとても驚きました。
さっきまで、誰もいない山奥の小さな村でした。ですが目を閉じて、ふわっと浮いたかと思うと、たくさんの人や荷物が行き交う大きな港に立っていたのです。
目を閉じていたほんの数秒で、いったいどこへ移動したのでしょうか。
「人がいっぱいだぁ……うわぁ、船もすごーい……」
立派な鎧に身を包んだ戦士。
大砲を抱えた、強そうな兵士。
山のような荷物を運ぶ、たくましい船乗りたち。
その荷物が運ばれていくのは、お城のように大きな船です。
そして何より驚いたのは、生まれて初めて見た、青く輝く海でした。
「これが海なんだぁ」
パティシエが目を輝かせて海を眺めていると、周りにいた人たちが小さく笑いました。
「おいおい。ずいぶんかわいい勇者じゃないか」
「あんな子供、連れてきて大丈夫なのか?」
「天使様も何をお考えなのか……」
いきなり注目を浴びて、パティシエはおろおろしました。
「こんにちは」と、あいさつをすべきでしょうか。
ですが、「なんだか怖いな」と迷っているうちに、みんなはパティシエへの興味を失い、それぞれの仕事に戻ってしまいました。
「マイリ、マショウ」
まごついているパティシエに、案内役のアンドロイド──世界を滅ぼす魔女と戦うために、天使が生み出した金色の動く人形──が声をかけてきました。
「アナタ、ガ、ノル、フネ、ハ、アチラ、デス」
「うん」
パティシエは、お気に入りの黄色いリュックを背負い直し、アンドロイドについて歩き出しました。
栗色の髪のお団子頭にエプロン姿、背負ったリュックの中はフライパンを始めとした調理器具。世界を滅ぼす魔女と戦う勇者とは思えない格好ですが、それは当たり前です。
なにせ彼女は、パティシエ。
お菓子作りが得意な、まだ十歳の女の子なのです。
だから、ここへ連れてこられて、一番驚いているのはパティシエ自身でした。
「ねえ、私、本当にここに来てよかったの?」
「ハイ、ダイジョウブ、デス」
ここへ来るまでに、アンドロイドが色々教えてくれました。でも、いくら聞いても、どうして自分が「勇者」なのかわかりませんでした。
ビヨン、ビヨン、と、アンドロイドが歩くたびに軽やかな足音が聞こえます。
なんだか楽しい足音でした。その音を聞いていると、怖い気持ちが少しだけやわらぎました。
アンドロイドは、真っ黒で大きな船へと近づいて行きました。
想像していたよりもずっと大きな船でした。船全体が黒い鉄板で覆われていて、船の後ろの方に大きな煙突が立っていました。
「え?」
その煙突にドクロのマークが描かれているのを見て、パティシエはびっくりしました。
「ねえ、この船って……海賊船なの?」
「ハイ、ソウ、デス」
「じゃあ、一緒に戦う勇者って、海賊?」
「ハイ」
海賊船に乗っているのだから、海賊なのは当たり前かもしれません。
ですが海賊といえば悪い人のはずです。もしかしたらすごく怖い人なのかもと思うと、パティシエは少し不安になりました。
「カイゾク、セン、デュランダル」
そんなパティシエの不安をよそに、アンドロイドは淡々と説明を続けます。
「ソレ、ガ、コノ、フネ、ノ、ナマエ、デス」
デュランダル。
パティシエはその名前に聞き覚えがありました。すばらしい切れ味で、大きな岩ですら真っ二つにしたと言われる、伝説の剣の名前です。
そんな名前の船ならば、とても強い船なのでしょう。船長もきっと強い人です。強い上に怖い人だったらどうしようと、パティシエはますます不安になりました。
とはいえ、いまさら逃げることはできません。
パティシエはドキドキしながら、アンドロイドと一緒に、船にかけられたはしごを上りました。
「おい!」
長いはしごを上り、やっとのことで甲板についたとき、乱暴な口調で声をかけられました。
「まさかそのチビが、乗組員の勇者とか言わねえだろうな?」
なんだかとても不機嫌そうです。
でも仕方ないのかもしれません。普通、「勇者」と言われたら、強い騎士や剣士といった人を想像します。十歳の女の子が、しかも騎士でも剣士でもないパティシエが、「勇者」と言っても誰も信じてくれないでしょう。
ですがその声を聞いて、パティシエは「おや?」と思いました。