05 エンジニア・リンドウ (2)
「はい、じっとしてね!」
結局つかまってしまい、コハクは観念したのか大人しくしています。
カナリアはコハクの髪を櫛で整えながら、ときどきコハクの髪を触ってニコニコ笑います。
「コハクの髪って、ふわふわ、もふもふで、気持ちいいよねー」
(シオリと同じこと言ってるね)
言われたコハクは、複雑な顔をしています。きっとリンドウと同じことを思ったのでしょう。
「……俺は、犬や猫じゃねぇ」
仏頂面で言い返したコハクに、リンドウは思わず笑ってしまいました。シオリとも、よくそうやって言い合っていたからです。
(ま、ちょっと複雑な気分だけど。仲良し姉妹みたいで、ほほえましいか)
そんなことを考えながらお弁当を開け、わお、とリンドウは声を上げました。
色とりどりの、栄養バランスも考えられた、おいしそうなお弁当です。パティシエなのにちゃんとご飯も作れるなんて、大したものです。
「私、みんなにも配ってくるね!」
コハクの髪を整え終えると、カナリアはお弁当が入ったカゴを首にかけ、妖精たちにお弁当を配りに行きました。
「働き者だねぇ」
あちこちで上がる妖精たちの歓声を聞きながら、リンドウはお弁当を食べ始めました。
カナリアと一緒に行かずに残っていたコハクが、何か言いたげにリンドウを見ています。
「ん、なんだい、コハク?」
「決まってるだろ」
コハクはドッグのデュランダルを指さしました。
煌々とライトに照らされて、デュランダルの船体が闇の中に浮かんでいます。ですが船の装備はすべて外され、船を覆っていた鉄板もはがされ、今はむき出しの骨格だけとなっています。
「デュランダル、ばらばらじゃねえか! どういうことだよ!」
「言ったじゃないか、デュランダルを改修する、て」
「これ、改修ってレベルじゃねえだろ、解体じゃねえか!」
「はいはい、イライラしない。ちゃんと説明するから」
まったく、一番年下のくせに一番気が強いんだからと、リンドウは肩をすくめながらお茶を飲みました。
「簡単に言うとね、デュランダルはパワー不足なんだよ」
「パワー不足?」
「マレに……」
リンドウは、ちらりとカナリアを見ました。
ずっと遠くの方で妖精に囲まれてお弁当を配っています。こちらの声が聞こえる心配はないでしょう。
「手も足も出ず、コテンパンにされたんだろ?」
「……そうだよ」
コハクが悔しそうな顔をしました。
「世界を滅ぼす魔女」となったマレ。その本気の魔法の前に、海賊船デュランダルは防戦一方で、かすり傷すらつけることができませんでした。
「天気を操り、大渦を作り出し、大砲の弾も軽々と弾き返す……あの泣き虫のマレがねえ、て感じだけど」
「嘘なんかついてねえよ」
「わかってる、て」
リンドウは卵焼きをフォークで突き刺し、口の中に放り込みました。
砂糖入りの甘い卵焼き、なかなかのおいしさです。
「んぐ……ま、相手は手も足も出なかった化け物、てことだ。今のままじゃ、何度挑んでも返り討ちになるだけだよ」
「……だろうな」
悔しくてたまらないはずなのに、コハクはリンドウに言い返したりせず、事実を素直に受け止めました。さすがは一船を預かる船長です。
「だから、パワーアップが必要。そこで!」
リンドウが親指を立てて「ほれ」と示しました。
つい先ほど取り外されたデュランダルのエンジンが、陸にあげられていました。大きなデュランダルを力強く動かしていたのです、かなり大きなエンジンでした。
その隣には、真新しい機械が置かれています。大きさはデュランダルのエンジンの半分くらい、どうやらそれもエンジンのようです。
「手っ取り早く、エンジンを交換しようと思ってね」
「……それを手っ取り早いと言うのは、リンドウだけだろ」
船の設計というのは、とても複雑です。
形、大きさ、船を作る材料、そういったものをすべて計算した上で、適切なパワーのエンジンを積むのです。単にエンジンを取り替えただけでは、船体がエンジンのパワーに耐えられずバラバラになってしまうことだってあります。
「まあね、私、天才だし」
「シレッと言いやがって。大丈夫なんだろうな。沈没するようなことがあったら、タダじゃ済まさねえぞ?」
「任せなって。計算は完璧だよ!」
リンドウは親指を立ててウィンクしました。
「この改修が終われば、デュランダルは空だって飛べるようになるからね!」
「いや、船だから。空、飛ばなくていいから」
「おいおい、それはもったいないよ!」
「いや、もったいない、て言われても……」
「いいかい、今度のエンジンは魔導エンジンと言ってね、魔法と科学が融合した、芸術とさえいえる一品なんだよ! このエンジンなら、大きさは半分でも出力は数百倍、燃費はなんと千分の一! 奇跡と言っていい、夢のエンジンなんだ! まあ、あくまで理論値だけどね。で、その原理は……」
「だぁー、もういい、ウンチクはいい!」
まったくこいつは、とコハクはため息をつきました。好きなことを話し始めると徹夜でだって話し続けてしまうのが、リンドウの悪い癖です。
「よし、わかった」
コハクはデュランダルを見上げました。ここまでバラされては、後戻りはできません。
「全部任せる。好きにやってくれ」
「お、さすが名船長。大した度量だね」
「その代わり、完璧に仕上げろよ。次は……もう負けねえ」
「了解」
コハクが拳を突き出し、リンドウもそれに応えて拳を当てました。
「それじゃ、デュランダルは私が完璧に仕上げるとして」
「……カナリア、か?」
「ああ」
二人は同時にカナリアに視線を向けました。
ドッグの端の方へ行っていて、まだしばらくは戻って来なさそうです。
「探り、入れたんでしょ? どうだった?」