04 海賊・コハク (3)
(あ……れ?)
デュランダルが動き出してしばらくすると、コハクがうっすらと意識を取り戻しました。
(誰、だ……船が……)
船が動いている。
それを感じて、コハクはうめきました。誰が勝手に動かしているんだ、これは俺の船だぞ、と思いましたが、疲れ切った体はピクリとも動きません。
そんなコハクに、誰かが話しかけてきました。
──いいから寝てな。
その声に、コハクはハッとなりました。
──よく船を守ってくれたね。
──さすがは船長。
──よっ、世界一!
(なんだよ……なんだよ、お前ら……やっと、帰ってきたのかよ)
懐かしい声でした。
シオリが集めた、世界の果てを目指す頼もしい仲間たちの声です。
(まったくよぉ、さんざん待たせやがって!)
文句を言いたくて起きようとしましたが、まぶたが重すぎました。どうしても目が開けられず、コハクはうめくことしかできません。
──無理すんな、今はちゃんと休め。
──大丈夫、船はちゃんと、ドッグへ運ぶから。
(ああ、頼んだ、ぜ……)
船に仲間が戻ってきた。
それが嬉しくて嬉しくて、コハクはぽろりと涙をこぼし、笑いながら眠りにつきました。
「……ピィ」
再び眠りについたコハクを、看病していた妖精たちは寂しそうな笑顔で見つめました。
涙ぐみ、肩を震わせている妖精もいます。
「ピ……ピピピピッ!」
「ピィッ!」
「ピピッ!」
ですが、落ち込んだり、泣いたりしている暇はありません。妖精たちはお互いに励まし合い、うるんだ瞳で笑顔を浮かべました。
絶対に、コハクを助けるぞ!
妖精たちはうなずきあい、それぞれの持ち場へ散っていきました。
◇ ◇ ◇
最後の力を振り絞って航海を続けるデュランダル。
目指しているのは、北東の島。そこには、自動車にバイク、飛行機、そして船、何だって作れる巨大な工場がありました。
その工場の一角にある造船所の第一ドッグに、紫色のツナギを着た女の子がいました。
天才エンジニア・リンドウです。
ドッグには、リンドウとおそろいのツナギを着た妖精たちもいました。
資材の配備、工具の手入れ、クレーンその他重機の準備。すべてが終わり、準備万端です。あとは船が──海賊船デュランダルが到着するのを待つばかりでした。
「ピィ」
「ピピピ」
あちらこちらで、双眼鏡をのぞく妖精の姿がありました。妖精たちは、いま着くか、もう着くか、とデュランダルの到着を待ちわびて、そわそわしています。
「あんたら、落ち着きなっての」
係船柱の上に腰掛けていたリンドウは、そんな妖精たちに声をかけました。
「ま、気持ちはわかるけどね」
リンドウも双眼鏡を手に立ち上がりました。
空には糸のように細い月があるだけで、海は暗闇に閉ざされています。
双眼鏡をのぞいてもあまり遠くまで見えず、やれやれとリンドウは肩をすくめます。
「そういや、カナリアはどう?」
「ピピピッ!」
「そう……まだ寝てるのね」
妖精は恐ろしく早口で、普通の人は何を言っているのかわからないのですが、リンドウはそれを聞き分けることができました。
「いろいろ聞きたいことがあるんだけどねえ……まあ、待つしかないね」
カナリアは高熱が続いていましたが、どうにか熱は下がり、今は落ち着いています。そろそろ目がさめるだろうと白いツナギの妖精が言っていたので、心配はないでしょう。
心配なのは、デュランダルです。
天使の命令を受けたアンドロイドに、襲われたりしていないでしょうか。
船も船長もとても強いのはわかっていますが、一人では限界があります。どうか助けに行った妖精たちが間に合って欲しいと、リンドウは心から祈りました。
「いや……大丈夫に、決まっているさ」
リンドウは自分に言い聞かせるように言うと、ポケットから手帳を取り出しました。
手帳には、メモ用紙ほどの大きさの紙が挟まれています。それを手に取り、書かれていることを読んで、リンドウは笑顔を浮かべました。
「そうさ、海賊コハクが乗るデュランダルは、文句なしに強いんだから」
クレーンの上にいた妖精が「ピーッ!」と叫びました。
ドッグに集まっていた妖精たちがざわめきます。リンドウも急いで紙と手帳をポケットにしまうと、首にかけていた双眼鏡を手に取りました。
「……来た!」
ほぼ同時に妖精たちも気づきました。
暗い海の沖に、小さなオレンジ色の光が見えました。光はゆっくりと、しかし確実に、リンドウたちが待つドッグを目指してやって来ます。
「配置、着けぇっ! 誘導班、デュランダルに合図!」
「ピーッ!」
リンドウの号令一下、妖精たちが勇ましい声を上げてそれぞの持ち場に散りました。
そして。
闇の中から、海賊船デュランダルが姿を現しました。傷だらけで、どうにか動いているという状態でしたが、それでも自力で海を走り、ドッグへと近づいて来ます。
「ピーッ!」
「ピピピピーッ!」
ドッグで待っていた妖精たちが声をあげると、デュランダルに乗る妖精たちがそれに応えました。
まさに、大歓声です。
激しい戦いをくぐり抜け、ドッグまでたどり着いたデュランダルの雄姿に、妖精たちは大きな拍手を送りました。
拍手が響く中、デュランダルは接岸し、錨を下ろしました。
すぐに梯子が渡され、妖精たちが駆け上がっていきます。リンドウも妖精たちを追ってデュランダルの甲板へと上がりました。
「ピーッ!」
真っ先に駆け上がっていた妖精が、白いツナギの妖精を連れてリンドウのところへやって来ました。
「ピピピピピピッ!」
「……そう」
大慌ての妖精の報告にうなずくと、リンドウは担架を持ってくるよう妖精に指示し、早足で船長室へ向かいました。
船長室の大きなベッドの上で、コハクは眠っていました。
傷だらけでボロボロの状態でしたが、その口元には笑みが浮かんでいます。何か楽しい夢でも見ているようで、リンドウは少しホッとしました。
「まったく、楽しそうに笑って」
リンドウはベッドのそばにしゃがみ、コハクの頭をそっとなでました。
「おかえり、船長。ま、ゆっくり休んで、英気を養いな」