04 海賊・コハク (1)
──世界の果てを、見に行こう!
──星渡る船を、探しに行こう!
──星渡る船に乗って、月へ行こう!
いつもいつも、突拍子もないことを言って、みんなを困らせる子でした。
だけど海賊は、そんなあの子が大好きでした。
──どこまでも一緒に旅をしよう!
それは約束であり、誓いであり。
海賊自身の、願いでもあるのです。
「だか……らぁっ!」
海賊は歯を食いしばり、立ち上がりました。
ひねった足が、ズキズキと痛みます。
クタクタで、今にも膝が崩れ、倒れてしまいそうです。
でも、倒れるわけにはいきません。
彼女は、海賊船デュランダルの船長なのです。
船を守るため、最後の一人になっても戦う、それが船長としての役目なのです。
ガチャリ、と足音を響かせて、金色のアンドロイドが迫ってきます。
デュランダルの甲板を埋め尽くし、前後左右、そして上空も隙間なく包囲され、海賊に逃げる場はありません。
「はっ……逃げてたまるか」
海賊は短剣を構えました。
「これは、俺の船だ! あいつが帰ってくる場所だ!」
「ユウシャハ、ケセ」
アンドロイドが一斉につぶやきました。しかし海賊はひるみません。
「やれるもんなら、やってみな!」
海賊が舵輪を思い切り回しました。
デュランダルのエンジンがうなりをあげ、船が急旋回します。迫っていたアンドロイドがバランスを崩し、そこへ海賊が斬り込みました。
「おらぁっ!」
足の痛みを必死でこらえながら、海賊は次々とアンドロイドを倒していきます。
倒されたアンドロイドが、他のアンドロイドを巻き込んで海へ落ちていきます。海賊は乱暴に舵輪を回しながら、次々とアンドロイドを海へ叩き落としていきました。
これはまずいと、アンドロイドが空へと逃れました。
それこそ、海賊の狙い通りです。
「落ちろぉっ!」
デュランダルの大砲が火を吹きました。
空へ逃れたアンドロイドが、次々と撃ち落とされていきます。慌てて甲板へ戻ったアンドロイドですが、そこには海賊が待ち構えています。
「お前、どこにいるんだよ!」
一体、また一体とアンドロイドを倒しながら、海賊は叫びます。
「沈ませねえ! お前が帰ってくるまで、デュランダルは俺が守る!」
この船は必要なのです。あの子との約束を守るために、そして、海賊自身の願いをかなえるために。
だから。
だから!
「さっさと帰ってこいよぉっ、シオリぃっ!」
海賊は戦い続けました。
海賊は「勇者」です。大海賊と言われた祖父の血を引く、勇敢な女の子です。そう簡単にやられはしません。
ですが、アンドロイドの数が多すぎました。
倒しても倒しても、新たに飛んでくるアンドロイド。大砲の弾がつき、短剣は折れ、疲れ果てた海賊はとうとう追い詰められてしまいました。
「ちく……しょう……」
舵輪にしがみつき、立っているのがやっとです。それでも海賊は折れた短剣を構えます。
「ユウシャハ、ケセ」
「消えて……たまる……か……」
絶対に、あきらめない。
俺はまた、あいつと一緒に、旅をするんだ。
「勇者……なめんな、よ……」
海賊が、最後の力を振り絞ってアンドロイドに斬りかかろうとしたとき。
『手、貸すぜ』
どこからともなく声が聞こえ。
甲板を埋め尽くすアンドロイドが、青白い炎に包まれました。
◇ ◇ ◇
青白い炎が消えると、アンドロイドの姿も消えていました。甲板の上はもちろん、空にも、海にも、どこにもアンドロイドの姿はありません。
『たいした奴だ』
デュランダルの舵輪の上に、ロウソクのように小さな青白い炎が現れました。炎はゴォォォォッと音を立てて大きくなり、やがて悪魔の姿になりました。
『おい、生きてるか』
海賊は、折れた短剣を握ったまま倒れていました。
悪魔の呼びかけに海賊は小さくうめきましたが、もう目を開けることもできないようです。
『仕方ねえ、治してやるか』
悪魔は舵輪からふわりと降り、海賊の体に手をかざしました。
青白い炎が海賊の体を包みます。医者のハクトを治した時と同じです。海賊のケガも、あっという間に治るでしょう。
『なに?』
ですが、そうはなりませんでした。
海賊の体を包んだ炎が、ふっ、とかき消されてしまったのです。
どういうことだ、と悪魔は首を傾げました。何かが悪魔の力を邪魔しています。
いったい何がと、海賊の体に手をかざして探ってみると、胸のあたりに不思議な力を感じました。
『この感じ……』
悪魔は息を呑みました。
海賊の上着のボタンを外して確認すると、内ポケットに封筒が入っていました。
その封筒の中には、メモ用紙ほどの大きさの紙が入っています。悪魔が取り出して確認すると、紙にはこんなことが書いてありました。
※ ※ ※
『海賊コハクの航海日誌』
海賊船デュランダルで世界を旅する海賊の女の子、コハクの冒険。
第1章 月から来た女の子
第2章 海賊団結成
第3章 泣き虫の魔女
第4章 冒険の日々
第5章 新しいアジト
第6章 星渡る船の噂
第7章 現れた敵
第8章 世界の果てへ
※ ※ ※
悪魔は大きく目を見開きました。
本当に、驚くことばかりが続きます。
『開け』
悪魔が宙に向かって叫ぶと、新たに青白い炎が生まれ、その中に「世界の書(写)」が現れました。
ぱらり、と本が開かれると、猛スピードでページがめくられていき、とあるページで止まりました。
『海賊コハクの航海日誌』
そこには、海賊が持っていた紙に書かれていたことと、全く同じことが書いてありました。
そう、全く同じなのです。
使われている文字、空白の数、改行の位置、何一つ違うところがありません。
しかも、書かれている紙自体も、同じ材質なのです。
間違いありません、海賊──コハクが持っている紙は、「世界の書」から切り離されたものです。
『さすがに驚いたぞ! 何でこんなものを持っている!』