03 アンドロイド・シルバー (2)
「さて、残念ながら君の体はダメそうだ」
アンドロイドの体を調べていたハクトが、肩をすくめながら言いました。
「なので、切り離して、頭だけを持っていくよ」
ハクトは、「えいや!」とアンドロイドの頭を引っこ抜きました。
そして、壊れたアンドロイドの体を利用して背負い籠を作ると、そこにアンドロイドの頭を乗せます。自分で動くことはできませんが、これならハクトと一緒に旅ができそうです。
「それから、と」
籠に乗せたアンドロイドの頭を見ながら、ハクトがニィッと笑いました。
ハクトの足元には、青白い炎に壊された、金色のアンドロイドの頭が五、六個。感情なんてないはずのアンドロイドが、生まれて初めて「怖い」と思った瞬間でした。
「ナ、ナ、ナンデ、ショウ?」
「ちょいと君の頭をいじらせてもらうよ。なぁに、怖くない、怖くない♪」
「ソ、ソノ、イイカタ、ガ、トテモ、コワイ、ノ、デスガ……」
「ふふふ、さぁておっぱじめようか!」
あ、これ聞いてない、とアンドロイドは気づき。
あきらめの境地で、そっと視覚センサーを遮断しました。
──三時間後。
「うむ、作業完了」
ハクトが満足そうにうなずき、工具を置きました。
何をされるのかと戦々恐々だったアンドロイドですが、どうやら壊されずに済んだようでほっとします。
「何ヲ、シタノデス?」
ハクトに問いかけて、アンドロイドは驚きました。言葉が、ずいぶんとなめらかになっていたのです。
「よしよし、うまくいったね。どうにも君の言葉は聞き取りにくくてね。頭脳回路を強化させてもらったよ」
言葉がなめらかになっただけではありません。
見えるものが、聞こえるものが、これまでよりもずっとはっきりとしています。考える力も強化されていて、何倍もの情報が一度に処理できるようになっていました。
「ま、その分ちょっと、頭の形が変わってしまったがね」
ほれ、とハクトが鏡を見せてくれました。
ヘルメットだったところが、大きく変わっていました。増設された頭脳回路を守ると同時に、放熱させるためでしょうか、くるくると巻かれた金属線が髪の毛のようになっていて、大きく盛り上がっています。
そう、これはいわゆる「盛り髪」というやつではないでしょうか。
「……アノ、コレ」
「どうだね、ちゃんと髪の毛に見えるだろう? 色々調べたら君も女の子のようだからね、気合を入れさせてもらったよ!」
「エエト……」
「いやー、仕上げるのに二時間半もかかってしまった。ほんと苦労した!」
つまり頭脳回路の増設自体は、三十分で終わっているということです。
才能の無駄遣い。
そんな言葉が浮かび上がってきて、アンドロイドは慌てて消去しました。モニターには考えていることが全部映るのです、気づかれては大変です。
「どうかね、新しい髪形は。気分がアガるだろう?」
「エ、エエ、ト……」
「おや、気に入らないかね? ではリクエストを聞こうじゃないか」
「イエ……素敵ダト、思イマス」
アンドロイドはそう答えたものの、戸惑いを隠せませんでした。
アンドロイドは、天使に作られた人形です。命令なしでは動くこともできない、ただの機械です。
「それはよかった。人間、おしゃれも大切だ。部品が丸見えでは申し訳ないからね」
それなのにどうしてハクトは、アンドロイドを、普通の人間のように扱ってくれるのでしょうか。
(ソウイエバ……)
アンドロイドは思い出します。
パティシエも、同じでした。初めて会った時、機械であるアンドロイドにお茶を出してくれました。旅の途中もなにかと話しかけてくれ、友達のようにふるまってくれたのです。
パティシエだけではありません。
デュランダルに乗る勇者全員が、同じように接してくれたのです。考えてみれば、とても不思議なことでした。
「ねえ、アンドロイドさんは、なんてお名前なの?」
ふと。
出会った直後に、パティシエにそう問われたことを思い出しました。
私はアンドロイド、名もなき機械。
あの時はそう答えました。仕方ありません、アンドロイドには名前がないのです。天使によって何万、何十万と作り出された心なき機械の、そのひとかけらでしかないのですから。
「では、今考えようではないか」
ハクトの言葉に、アンドロイドはハッとしました。
どうやらモニターで、考えていたことを見ていたようです。
「いつまでもアンドロイドくんでは、追手のアンドロイドと区別がつかないからね。それに、『名もなき勇者』などとバカにされっぱなしでは、悔しいではないか」
「デスガ、私ハ……」
「名前は大切なのだよ」
名前など記号でしかない、そう言う人もいます。
でも、記号でもいいのです。それがその人を表し、その人を特定できる、そういうものであることが重要なのです。
「私はここにいる。そんな自己主張の最初の一歩が、名前だからね」
「私ハ、ココニイル……」
ハクトのその言葉を聞いた途端。
ぐにゃり、とアンドロイドの意識が曲がりました。
──お願い、私を連れて行って。
──私はここにいたんだよ、て。
──みんなが、覚えていてくれれば。
──もう……それだけで、いいの。
(アア……)
そうです。そうでした。
アンドロイドは、そう頼まれたのです。命令ではなく、お願いされたのです。
最後の冒険へ。
ワクワクして、キラキラして、ドキドキして、そんな冒険へどうか連れて行ってほしいと。
みんなと一緒に、世界を超えて冒険がしたい、最後の思い出を作りたい。
そして、いつまでも覚えておいてほしい、と。
(イッタイ、誰ガ……)
その記録を見ようとしましたが──厳重な鍵がかけられていて、見ることができませんでした。