03 アンドロイド・シルバー (1)
アンドロイドには、どうしてもわからないことがありました。
パティシエ。
お団子頭にエプロン姿の、おかし作りが得意な十歳の女の子。戦うための技も知識も経験もない、そんな彼女を、アンドロイドは「勇者」の一人として連れて行きました。
なぜ、なのか。
いくら考えてもわからないのです。
(テンシ、サマ、ノ、ゴメイレイ……?)
アンドロイドは、天使が作りました。天使の命令を絶対とし、天使の命令通りにしか動きません。命令されないと、動くこともできません。
パティシエを連れて行ったのは、天使の命令のはず。
でもその命令を受けたという記録が、どこにもないのです。
(ワカリ、マ、セン……)
どうしてもわからない、それがとても気持ち悪い、とアンドロイドは感じました。ですがそれは、本当はアンドロイドが感じてはいけないことなのです。
(コウシテ、カンガエ、テ、イル、コトモ……メイレイ、イハン……)
──お前は、言われたことだけをやればいいんだ!
──勝手なことをするな!
いつか言われた、きつい言葉がよみがえります。
誰の言葉だったでしょうか。
でも、間違ってはいません。アンドロイドとは、本来そうあるべきものなのです。命じられてもいないことを勝手に考えるなど、絶対にしてはいけないことです。
なのに、考えている自分は、欠陥品のアンドロイドなのでしょう。
(アア、イケナイ……)
ピピピピッ、と警告音が響きました。
エレルギー切れです。
アンドロイドの体にはエネルギーを作り出す装置がありましたが、海に投げ出された衝撃で壊れてしまいました。
エネルギーを節約するため、頭脳回路以外は止めていましたが、つい考えすぎてエネルギーをたくさん使ってしまいました。
(ココマデ……デス……ネ……)
エネルギーが切れれば、アンドロイドは止まってしまいます。これまでの記録は全て消え、パティシエのことも忘れてしまうでしょう。
たとえ修理され、再び起動できたとしても、もうそれは別のアンドロイド。今のアンドロイドは消えてしまうのです。
(ソウ、イエバ……)
人は生を終える直前に、一生の出来事を思い出すといいます。そのことを思い出したアンドロイドは、残されていた記録を最初から再生しました。
アンドロイドの記録は、パティシエと出会った時から始まっていました。
パティシエと出会い、「勇者」の一人として船団へ連れて行き、デュランダルに乗り込んで「世界を滅ぼす魔女」に挑むまで。
ほんの短い間のその記録が、アンドロイドのすべてでした。
(……シリタ、カッタ)
パティシエに出会った理由を、その意味を。
ですが、ここまでのようです。
全てのセンサーが動きを止め、アンドロイドは闇の底へと沈んでいきました──
「あきらめるのは、もう少し後にしたまえ」
エネルギーがゼロになる、ほんの一瞬前でした。
アンドロイドに新たなエネルギーパックが接続されました。止まったセンサーが動き出し、アンドロイドは闇の中から浮かび上がります。
「よし、間に合った!」
「アナタ、ハ……」
自分を抱きかかえている女の子を見て、アンドロイドは驚きました。
「イシャ、ノ……」
「おっと、個性的に、マッド・ドクター、ハクトと呼んでくれたまえ」
アンドロイドと共に海賊船デュランダルに乗り、そして海に投げ出された勇者の一人。
白衣を着たツインテールの医者、ハクトです。
「うむ、さすがは私。廃材を利用しての正確かつ的確な修理術。はっはっは、褒めてくれてよいのだよ?」
「ハイザイ……?」
「うむ」
ほれ、とハクトがアンドロイドの頭の向きを変え、見せてくれました。
そこで繰り広げられていたのは、青白い炎と金色のアンドロイドの戦いでした。
数では圧倒的な金色のアンドロイドですが、縦横無尽に飛び回る青白い炎に翻弄され、次々と壊されていきます。ハクトは、そうして壊された金色のアンドロイドから部品を拾い集めて、直してくれたようです。
「壊れているのがエネルギー回路で助かったよ。頭脳回路だと、専用の設備が必要だからね」
「アナタ、ハ、コウガク、ノ、チシキ、モ、アル、ノ、デスカ?」
「工学? ちょいとかじった程度だね。なあに、人体の複雑さに比べれば、軽い軽い♪」
バキリ、と音が聞こえました。
襲ってきた金色のアンドロイドの、最後の一体が破壊されたようです。青白い炎は勝ち誇るように宙を舞っていましたが、ハクトに抱えられたアンドロイドに気づいて飛んできます。
「ああ、このアンドロイドは大丈夫、私の仲間だよ」
ハクトの言葉に、青白い炎が抗議するように回ります。ですがハクトは「いいから、いいから」と手を振って、青白い炎を追い払いました。
「ナゼ、タスケル、ノ、デス?」
「わかりきったことを聞かないでくれたまえ。仲間だからだよ」
勇者とは、そういうものだろう?
アンドロイドの問いに、ハクトはおどけた口調で答えます。天使の手先でしかない自分を仲間と呼ぶ、そんなハクトがアンドロイドは不思議で仕方ありません。
「それに、君は謎を追い求めているようだ」
修理をするときに繋いでいたモニターを指で弾き、ハクトは楽しげに笑いました。どうやらそこに、アンドロイドが考えていたことが映し出されていたようです。
「なぜ、パティシエくんを連れて行ったのか、か……私にとっても、他人事ではないね」
「ソウ、デスガ……」
「ちなみに私も、この世界の謎を解く、という宿題があってね。一人では手に負えそうにないので、相棒が欲しいところなのだよ」
知恵を出し合い、力を貸し合い、共に謎を解こうではないか。
ハクトはそう言って、ポンポンとアンドロイドの頭を叩きました。