01 悪魔、参戦
夢が途切れ、悪魔は目を覚ましました。
(……はて?)
悪魔は首をかしげました。夢はまだ始まったばかり、物語はこれからです。こんなところで途切れるはずがありません。
(何が、起こった?)
悪魔は顔を上げると、ふうぅ、と息を吹き出しました。すると暗闇の中に青白い炎が生まれ、その中に一冊の本が浮かび上がりました。
悪魔が持つ、「世界の書(写)」です。
天使が持つ「世界の書(補)」と同じ、神様が持つ「世界の書」の複製です。
天使の本と違って補足を書き込むことはできませんが、その代わり、神様が書いたことがより細かく書かれています。
「開け」
悪魔が命じると、本がゆっくりと開きました。
パラパラパラ、とページがめくれ、半分を少し過ぎたところで止まりました。
※ ※ ※
勇者の一人、パティシエが目を覚ましたのは、月のない夜の世界でした。
頼もしい仲間たちの姿はなく、ひとりぼっちでした。
「どうしよう」
不安になったパティシエですが、すぐに気を取り直しました。
「私だって、勇者だ!」
そう叫んで勇気を奮い立たせ、パティシエは仲間を探すために歩き始めました。
どこまで歩いても、夜の世界でした。
仲間はおろか、人っ子一人おらず、動物だってみかけません。ひょっとして滅びた世界なのだろうかと思いましたが、そんなことはない、とパティシエはあきらめませんでした。
「私が無事なんだから、自分よりずっと強いみんなだって、無事に決まってる!」
かなづちだけど、炎の力を宿す剣で戦う剣士・アカネ。
暗いところが苦手だけど、祈りの力で守ってくれる巫女・ルリ。
翼がある限りどこまでも飛んでいく、天才飛行士・ヒスイ。
〜|*`+==〜〜〜〜〜〜〜、医者・*+=。
?*『』)0=〜〜〜〜|〜===、海賊・%$##。
そんな強い彼女たちが、やられてしまうわけがありません。
仲間の無事を、また会えることを信じ、パティシエは一人歩き続けました。
ですが、どこまで行っても仲間には会えませんでした。
海へ行けば、海賊船デュランダルが待っている、そう信じていましたが、船はどこにも見当たりませんでした。
それでもあきらめずに歩き続けたパティシエは、ぼうっと光っている大きなクスノキにたどり着きました。
「誰か、いないのー!」
ここになら誰かいるような気がしました。だけど、パティシエの呼びかけに答える声は聞こえません。
歩き続け、疲れたパティシエは、とうとうそこで倒れてしまいました。
「勇者の……みんな……」
私は、ここにいるよ。
心の中でそう叫びながら、パティシエは深い眠りにつきました。
※ ※ ※
読み終えた悪魔は、変だな、と思いました。
書かれている内容が、夢で見ていたことと少し違います。
それに、勇者のうち、医者と海賊の二人のことが書かれている部分が、ちゃんとした文字になっていません。
「天使のやつ。何をした?」
悪魔がもう一度息を吹きかけると、ごうっ、と炎が強くなり、本がぐんと大きくなりました。
大きくなった本のページを、悪魔はようく目をこらして見つめます。
すると、行と行の間に、小さな文字が動いているのが見えました。
なんだこれはと、悪魔はさらに目をこらします。
あまりにも小さくて何が書いてあるかわかりませんが、その文字は、金色に光る文字と、虹色に光る文字の、二種類がありました。
金色に光る文字は、神様が書いた本文を書き換えようとしています。
虹色に光る文字が、そうはさせないと金色の文字を阻んでいます。
「……おいおい、何が起こっている?」
文字の動きをよく見ると、金色の文字が書き換えようとしているのは、勇者に関する部分のようです。
剣士・アカネ。
巫女・ルリ。
飛行士・ヒスイ。
この三人は、虹色の光ががっちりと守りを固め、金色の文字を跳ね返しています。
ですが、医者と海賊の部分は、戦いの真っ最中です。ちゃんとした文字になっていないのは、金色の文字が書き換えようとしているからのようです。
「夢が途切れたのはそのせいか? ……ん?」
さてどうしたものか、と悪魔が首をかしげた時、本の末尾に新しい文章が浮かび上がってきました。
※ ※ ※
パティシエが眠りについてしばらくすると、クスノキが大きく揺れ、光が強くなりました。
その光を見て、闇の向こうからバギーカーに乗った女の子がやってきました。
それは行方不明になっていた勇者、エンジニアのリンドウでした。
「さあ、一緒に行こう」
リンドウは眠っているパティシエをバギーカーに乗せ、立ち去りました。
※ ※ ※
書き足された文章を見て、悪魔は飛び上がらんばかりに驚きました。
「こいつ……誰が書き足した!?」
その文章、悪魔が知っている神様の筆跡とは、少しだけ違う筆跡です。
「世界の書」に書き加えることができるのは、神様だけです。悪魔はもちろん、補足を書ける天使だって本文を書くことはできないのです。
ですがたった今、神様ではない誰かが本文を書き足したのです。
「何者だ?」
神様に匹敵する力もつ存在、そんなものに心当たりはありません。そんなものがいたら、天使や悪魔は必ず気づくはずです。
それとも、気づくことすらできないほど、強い力を持っているのでしょうか。
「いや……逆か?」
悪魔は頭を振りました。
神様に匹敵する強い力の持ち主が現れたのではなく、神様の力が弱まったのかもしれません。その証拠に、小さな金色の文字によって、医者と海賊の部分が書き換えられようとしています。
「そうか、そういうことか……」
悪魔は身震いしました。うすうす感じていたことが、確信に変わったのです。
神様の力が、尽きようとしている。
世界そのものである「世界の書」。それを書き、守ってきた神様の力が弱まり、消えようとしているのだとしたら。
それは、本当に世界が終わろうとしている、ということです。
「こいつは……本当に最後の物語らしい」
天使はそれに気づいているのかもしれません。おそらく金色の文字は、天使の力によるものです。神様の力が及ばないところから、自分に都合のいいように世界を書き換えようとしているのでしょう。ひょっとしたら、自分が神様に成り代わる気なのかもしれません。
では、その金色の文字と戦っている、虹色の文字は誰なのでしょうか。
「魔女、か?」
しかし魔女は、天使に敗れ、心を操られていたはずです。そんな力が残っているのでしょうか。
「まあ、誰でもいいさ。……クククッ、面白くなってきたじゃないか」
悪魔の目が爛々と輝きました。
天使に敗れて閉じ込められ、どうにでもなれと大人しくしていたのですが、そんな状況ではなさそうです。
悪魔は思い切り息を吸い、ふうぅぅぅぅっ、と息を吹きかけました。
「世界の書」の一文、今まさに変えられようとしている医者の部分に、悪魔の力が注ぎ込まれます。
「俺も参戦させてもらうぜ」
悪魔はニタリと笑い、金色の文字に襲いかかった青白い炎の文字を、楽しげに見つめました。
「来いよ勇者、悪魔のもとへ。力を合わせて、戦おうじゃないか」