08 仲間を探して-Ⅳ (1)
パティシエは、遠くに見える光を目指して、砂浜を歩き続けました。
きっと、誰かがいる。
きっと、仲間に会える。
それを信じて、歩き続けました。くじけそうになるたびに「あきらめないぞ」と魔法の言葉を唱え、涙をぬぐって、フライパンをぐるぐる振り回しました。
歩き続ける限り、何かが起こる。
あきらめない限り、何かが変わる。
大好きだったおじいちゃんが、いつもそう教えてくれました。
だから、あきらめない勇気を持ち続けるんだよ。
そう言い残して死んでしまったおじいちゃんを思い出すと、胸の奥がチクチクと痛みます。
一人残されたパティシエには、つらいことがたくさんありました。でもつらいことがあるたびに、あきらめない勇気を振り絞りました。
まだ十歳だから、できないことの方がたくさんあります。でも、できることは全部やって、いつかまた楽しく毎日を暮らすんだと、踏ん張り続けました。
それが、おじいちゃんの望むことだと、信じて。
「あきらめない……からね、おじいちゃん……」
こぼれる涙を何度もぬぐい、パティシエは一人歩き続けました。
お腹がすいて、のどがカラカラで、足が痛くて、疲れて、寂しくて、苦しくて。
でもその度に、「あきらめないぞ」とつぶやいて、ひたすら歩き続けました。
◇ ◇ ◇
長い長い距離を歩いて、パティシエはやっと光のところへたどり着きました。
「すごーい……」
そこには、川のほとりで見たクスノキより、ずっと大きなクスノキが立っていました。
しかもクスノキ自体が、ぼんやりと光っているのです。遠くから見えた光の正体は、このクスノキでした。
ですがクスノキ以外、周囲に変わったものはありません。人影も、人がいる痕跡すらもありません。
「ねえ、誰かー!」
パティシエは思い切り大きな声で叫びました。だけど、答える声は聞こえませんでした。
「誰か、いないのー!」
パティシエは何度も呼びかけました。
ザァァァッ、ザァァァッ、という波の音。
海風に揺れる、ざわざわとした葉ずれの音。
それに混じって、誰かの声が聞こえないかと耳をすませましたが、何も聞こえませんでした。
「お腹……すいた、なあ」
パティシエは、ぺたん、とクスノキの根元に座り込みました。
チョコレートの最後のひとかけらを口に入れ、軽くなった水筒の水を飲みました。
「……うっく」
ポロポロ、ポロポロ、涙がこぼれました。
海賊船デュランダルは沈んでしまったのでしょうか。
乗っていた仲間たちは、勇者たちは海の藻屑と消えてしまったのでしょうか。
怖いことばかりが思い浮かびます。
「そんなことはない、絶対にみんな元気でいる」と、何度もそう思い直そうとしましたが、怖いことが次々と思い浮かんできてしまいます。
膝を抱えて、一人泣きました。
おじいちゃんが死んで以来、何度こうして泣いたでしょう。
抱きしめて慰めてくれる人も、頭をなでて励ましてくれる人も、もういない。泣いても泣いても、誰も来てくれない。そのことが、どれだけパティシエは悲しかったでしょう。
(もう……疲れた、よぉ……)
泣いて泣いて、もう頭の中がぐちゃぐちゃになって。歩き続けて疲れた体が、痛くて、熱っぽくて、もう指一本動かせそうにありません。
あきらめないぞ。
その魔法の言葉をつぶやく気力も出ませんでした。
目を閉じると、急激に意識が遠のいていきます。このまま目が覚めないんじゃないか、なんて怖い考えが浮かびましたが、もう目を開ける力も残っていませんでした。
「お……ねがい、だよぉ……」
意識が闇に落ちて行く寸前、パティシエは、最後の力を振り絞って願いました。
「助けて……勇者の……みんな……」
その言葉が終わると同時に。
パティシエは、がくり、とその場に崩れ落ちました。
※ ※ ※
どれぐらい眠ったのでしょうか──目を開けると、真っ暗な部屋の中で横になっていました。
(ここ……どこ、だっけ……)
見覚えのある部屋でした。色々なものが散乱していて、ごみ箱にはごみがいっぱいで、窓を閉め切っているから空気もよどんでいます。
しばらく考えて、ようやくそこが自分の部屋だということに気づきました。
ああそうだ、と思い出します。
カゼをひいて、寝込んでしまったのでした。
おじいちゃんが生きていれば、きっと看病をしてくれたでしょう。だけどおじいちゃんは亡くなってしまいました。看病してくれる人は、もういないのです。
(のど……渇いた、な……)
体を動かそうとして、痛みに顔をしかめました。
とても疲れていました。体のあちこちが痛くて、熱っぽくて、息をするのがやっとです。それでもなんとか起き上がり、扉の前に置かれたお盆の水を手に取りました。
(早く、治さないと……)
ごくり、ごくり、と生ぬるい水を飲みました。一緒に置かれていたパンを口に押し込み、水と一緒に胃に流し込みました。
渇きが治まり、お腹も満たされ、少しだけ元気になりました。
はうようにして布団に戻り、毛布にくるまって目を閉じます。
(あれ……そういえば……)
げほごほ、と咳き込みながら、思いました。
(私は……冒険の旅に……出たんじゃ、なかった……のかな……)
そう、確かそのはずです。
金色のアンドロイドに連れられて、海賊船デュランダルに乗り、世界を滅ぼす魔女と戦って、仲間とはぐれて。
そして仲間を探して、一人で歩き続けて。
(光っている、大きなクスノキの下で……)
眠ってしまったような、そんな気がしながら。
すぅっ、とまた眠りに落ちてしまいました。