07 飛行士・ヒスイ (4)
アゾット号のエンジンから煙が出始めました。それでもアゾット号は速度を落とさず、全速力で飛び続けます。
『君との冒険は、これが最初で最後だけれど!』
バキッ、と大きな音がして、ついに垂直尾翼の付け根が割れ、風圧で飛ばされました。
アゾット号が姿勢を崩し、左右に大きく揺れました。
「うわっ、わわわっ!」
『最後まで、君と飛び続けてみせる!』
「このー!」
バシャン、とアゾット号の腹が海面を叩きました。
島まであと数百メートル。この勢いならどうにかたどり着ける、そう考えたヒスイはアゾット号を海に着水させました。
「うぉりゃぁぁぁぁっ!」
ザアァァァァッ、と水しぶきをあげ、アゾット号が海面を滑りました。ぐんぐんスピードが落ち、そのまま砂浜へと突っ込んでいきます。
「こなくそー!」
ズシャッ、と砂浜に乗り上げ、アゾット号が止まりました。
ボスン、と音を立ててアゾット号のエンジンが止まりました。
「アゾット号!」
『さすがだね……不時着王』
「すぐ直す! 待ってて!」
『だめだ……逃げるんだ……』
エンジンが止まり、アゾット号を覆っていた光が薄れていきました。それとともにアゾット号の声も小さくなっていきます。
『早く……アンドロイドが、来て……しまう』
「だけど!」
『行くんだ。君は、勇者だ……ここで、消えてはいけない……』
ザシュッ、と音を立てて金色のアンドロイドが砂浜に降り立ちました。
『世界を救う翼を……君が、操るんだ……』
「アゾット号!」
カコン、と小さな音を立ててアゾット号は沈黙しました。
「ち、くしょー」
次々とアンドロイドが降りて来て、ヒスイを取り囲んでいきます。ヒスイは整備用のスパナを手に、アンドロイドと対峙しました。
ざっと、三十体。
飛行機の操縦に関しては天才のヒスイですが、戦いにはまったく自信がありません。
でも、負けてたまるかと、ヒスイはアンドロイドをにらみました。
「ここで……消えるわけには、いかないんだよー」
何が起こっているのか、さっぱりわかりません。
だけど、相棒のアゾット号が、その身と引き換えに守ってくれたのです。
おさななじみのリンドウが、世界を救う翼を作って、ヒスイが来るのを待っているのです。
「僕は、『名もなき勇者』なんかじゃないぞ……」
ザッ、とアンドロイドが、一斉に一歩を踏み出しました。
「あ、あきらめ……ないからなー……」
こわい、これすげーこわい、と思いながら、それでもヒスイが歯を食いしばった時。
沈黙したアゾット号が、緑色の光を放ち始めました。
「……は?」
光は一気に強くなり、弾けたかと思うと、ヒスイを取り囲むアンドロイドに向かって飛んで行きます。
「な、なに……なにごとー?」
ヒスイが目を丸くする中、緑色の光が緑色のツナギ姿の妖精に変身していきました。そして、勇ましい声とともに、ヒスイを取り囲むアンドロイドに挑みかかっていきました。
「ピィーッ!!!」
「オノレ!」
あっという間に、大乱戦です。
倍以上はいるアンドロイドに対し、妖精たちは勇敢に戦い、むしろこれを圧倒していきます。
「ピィッ!」
あまりの急展開についていけず、呆然としていたヒスイですが、一人の妖精に袖を引っ張られ我に返りました。
逃げるよ!
袖を引っ張る妖精は、そう言っているようです。ヒスイはうなずきました。
「あ、待って!」
逃げ出そうとして、ヒスイは慌てて立ち止まりました。
たくさんの妖精に変身し、骨組みだけとなったアゾット号。ヒスイは、落ちていたジュラルミンケースとアゾット号の始動キーを拾いました。
ジュラルミンケースは、リンドウからの預かり物。
始動キーは、アゾット号の大切な形見です。
「……いやまあ、なんか、妖精になっちゃったけどさー」
本気で悲しかったんだぞ、僕の涙、返せ。
そんな思いを込めて隣に立つ妖精を見つめると、妖精は「てへっ」という感じで笑いました。
「アゾット号……君、あんがいお茶目な性格?」
「ピィ?」
「ま、いいかー」
君との冒険は、これが最初で最後。
アゾット号は、そう言っていました。
だけど、それは間違いです。
姿は変えたけれど、まだまだアゾット号とヒスイの冒険は続くのです。
それが、ヒスイは何よりも嬉しく思いました。
「よし、行こうか」
ヒスイが手を伸ばすと、妖精となったアゾット号がつかみ、ぴょん、とヒスイの肩に飛び乗って来ました。
──星渡る船で、月へ行こう!
不意に、ヒスイの頭の中に、そんな言葉が浮かんで来ました。
誰が言ったのでしょうか。
いつ聞いたのでしょうか。
首をひねると、星空を見上げて楽しそうに笑っている、二人の女の子の姿が脳裏に浮かびました。
「だったら僕が操縦して、連れて行ってあげるよー」
そして、その二人の女の子に、そんな約束をしたような気がしました。
「翼さえあれば、どこへだって行けるもの。僕が、どこへだって連れて行ってあげるよ!」
──約束だよ、ヒスイ!
嬉しそうに笑っていた、大きなリボンにエプロンドレスの、髪の長い女の子。
いつもその隣にいた、少したれ目の泣き虫の魔女。
(そうか……世界を滅ぼす魔女は、君だったんだね)
魔女に何があったのでしょう。いったい誰が魔女を操り、「世界を滅ぼす魔女」にしてしまったのでしょう。
(どうかあの光で、目を覚ましていますように)
ヒスイはそう祈り、ギュッと拳を握りました。
「……約束を、果たしにいかなくちゃ」
ピィッ、と妖精が鋭い声をあげました。
金色のアンドロイドが、次々とこちらへ向かって来ているのが見えました。妖精たちは奮戦していますが、これではきりがありません。
「うひゃー、これはもう、三十六計、てやつかなー?」
「ピィッ!」
肩に乗った妖精も同じ意見のようです。
ヒスイと妖精は顔を見合わせてうなずくと、くるり、と踵を返しました。
「それでは、飛行士・ヒスイ。腕っ節に自信はないので……逃げまーす!」
「ピィッ!」
さあ、行こう。
リンドウが待つ、世界を救う翼のところへ。
そして、大切な友達との約束を果たしに。
「全員……走れー!」
「ピィーッ!」
ヒスイは叫ぶや否や、預かり物のジュラルミンケースを手に、全速力でアンドロイドから逃げ出しました。