07 飛行士・ヒスイ (3)
光がどんどん強くなり、闇が薄れていきます。アゾット号のプロペラが力強く回り始め、機体は自由を取り戻します。
『来るよ!』
──撃てぇっ!
アゾット号の声とほぼ同時に、力強い声が響きました。
「こなくそー!」
飛行士はアゾット号を急旋回させ、間一髪で光の直撃を避けました。
光が貫き、闇が粉々になって散っていきます。光と闇がぶつかる膨大なエネルギーが嵐となり、竜巻のように渦巻いて、アゾット号をほんろうしました。
※ ※ ※
鳥のようにはばたく人形が、飛行士の住む町を襲いました。
その人形の狙いは、数日前からリンドウが修理をしていた、黒い大きな海賊船でした。
「私は、世界を救う翼を作りに行く」
そう言うと、リンドウはジュラルミン製の小さなケースと、小さな始動キーを飛行士に渡しました。
「これを預ける。あんたはアゾット号で行きな。私の最高傑作だ、どこへだってあんたを連れて行ってくれるよ」
「僕も一緒に行くよー!」
「だめだ。一網打尽にされるわけにはいかないんだよ」
ボーッ、と海賊船が霧笛を鳴らしました。
続いて、ドンッ、ドンッ、と大砲の音が響いてきます。海賊船が、襲ってきた空飛ぶ人形に反撃を始めたのです。
「おっと、置いていかないでよね!」
「リンドウ!」
それは僕のセリフだよ!
そう叫ぶ飛行士に、駆け出したリンドウは一度止まり、握った拳を突き上げました。
「行きな、天才飛行士。そして必ず、私のところに来るんだ。世界を救う翼は、あんたが操るんだよ!」
※ ※ ※
衝撃で気を失ったわずかな時間──今の今まですっかり忘れていたことを夢に見て、飛行士はゆっくりと目を開けました。
(世界を救う……翼……)
なにがなんだか、わかりませんでした。
何が起ころうとしているのか、想像もつきませんでした。
世界を救う翼、それがなんなのか、さっぱりわかりませんでした。
ですが、飛行士は見たのです。
闇の底から放たれた光の向こうに、見たこともない大きな船を。それは、いつかリンドウが冗談半分で設計図を描いた、空飛ぶ船の形にそっくりでした。
そしてそこに。
たくさんの妖精に囲まれて、天才エンジニア・リンドウが拳を突き上げて立っていたのです。
ここだ、と。
ここへ来い、と。
これが世界を救う翼だ、と。
「ヒスイぃーっ、いつまで待たせるんだよっ! 最高の翼が、あんたを待ってるよ! 乗りたくないのかい!」
そのリンドウが、アゾット号に乗る飛行士──ヒスイに向かって、そう叫んでいるのが聞こえた気がしました。
(そんなの……)
ヒスイは顔を上げ、操縦桿を握る手に力を込めました。
「乗りたいに、決まってるでしょー!」
光と闇の嵐を抜けると、そこは知らない世界でした。
夜なのでしょうか、暗く、静かな世界です。ですが空には星が輝き、糸のように細い月が浮かんでいます。はるか下には海が見えます。あの闇の中というわけではなさそうです。
ギシギシ、ミシミシときしむ音が、操縦桿から伝わってきます。
何機も飛行機を壊してきたヒスイにはわかりました。アゾット号は、もう限界が近いのです。
『最後まで、飛んでみせる!』
アゾット号が力強く叫びます。その叫びに、ヒスイも答えました。
「頼んだよ、アゾット号!」
少しずつ、少しずつアゾット号の高度が下がっていきます。このまま海に不時着か、とヒスイが思ったとき、はるか前方に小さな島影が見えました。
「島だ!」
なんとかあそこまで、とヒスイは操縦桿を握り締めます。同じ不時着でも、陸地の上ならアゾット号を修理できるかもしれません。
「……なんだ?」
ですが、島に近づくと、キラリ、と島から金色の光が飛び立つのが見えました。一つや二つではありません。数十個の光が、弾丸のような勢いでこちらに向かって飛んでくるのです。
「あれは……アンドロイド!?」
『いけない!』
アゾット号が叫んだ瞬間、ヒスイは操縦桿を思い切り引きました。
アゾット号が一気に上昇します。金色のアンドロイドが撃った光の矢が飛び去っていき、はるか後方の海で水しぶきをあげました。
「なんで、アンドロイドが!?」
『あれは天使の軍団! 敵だ!』
「敵……え、なに、どういうことー?」
不意に、ヒスイの頭の中で。
夢で見た空飛ぶ人形と、金色のアンドロイドの姿が重なりました。
空飛ぶ人形が襲っていた黒い大きな海賊船が、勇者の船団に参加した海賊船デュランダルと重なりました。
「え、え……同じ? え、どういうこと?」
そうです、リンドウが乗った黒い海賊船は、間違いなくデュランダルです。
そのデュランダルを襲っていた空飛ぶ人形は、あの金色のアンドロイドと同じ。それなのに、デュランダルは天使によって集められた勇者の船団に参加していたのです。
「あーもー! いったい何が起こっているのさー!」
『世界の命運をかけた、戦いだよ!』
「なんなのさー、それー!」
パキパキッ、と何かが割れる音が聞こえました。
垂直尾翼の付け根にヒビが入ったのです。まずい、とヒスイは操縦桿を握り、一気に降下しました。
「アゾット号! 逃げるよ!」
『了解!』
アゾット号が最後の力を振り絞りました。
機体のきしみはどんどん大きくなっていきます。このまま真っ直ぐ飛んで、島までもつかどうか、ギリギリというところです。
『あそこまで、飛んでみせる!』
海面から数メートルというギリギリを、アゾット号は全速力で飛びました。
「ユウシャ、ハ、ケセ」
アンドロイドも全速力で追いかけてきます。光の矢が次々と放たれましたが、ヒスイが巧みにアゾット号を操り、ギリギリのところでかわしました。
『勇者は、消させない!』