07 飛行士・ヒスイ (2)
闇の穴を急上昇しながら、アゾット号が飛行士に言いました。
『お願い、魔女をやっつけて!』
言われなくてもそのつもりです。
ですがアゾット号は、意外なことを言いました。
『やっつけて、魔女の目を覚まさせて!』
「目を、覚まさせる?」
『あの子は敵じゃない。操られているだけなんだ! 本当は、あの子もデュランダルの一員なんだ!』
飛行士は驚きました。アゾット号の言う通りなら、「世界を滅ぼす魔女」は飛行士たちの仲間、勇者の一人ということです。
いったいどういうことか聞きたかったのですが、闇の出口はもうすぐです。
(ああもう、迷ってる暇はない!)
「承った、アゾット号!」
飛行士は力強く返事をすると、機関砲の安全装置を外し、戦闘態勢を取りました。
闇の穴の出口から、ほうきで空を飛ぶ魔女の姿が見えました。
アゾット号には気づいていないようです。チャンスです。
「行くぞー!」
飛行士は操縦桿をしっかりと握り直し、一気にスピードを上げ、闇の穴から飛び出しました。
飛び出してきたアゾット号を見て、魔女が驚きの声を上げます。
「な、なんで!? 墜落したのに!」
「僕とアゾット号が、そう簡単に落ちるもんかー!」
ダダダダッ、とアゾット号が機関砲を発射し、魔女との戦いが始まりました。
最高速度ではアゾット号が上ですが、魔女の方が小回りが利きます。飛行機ではできない動きでアゾット号を振り切ろうとし、飛行士は必死で追いすがりました。
(くっそー、ちょこまかしてー!)
ビリビリとアゾット号の機体が震えます。急上昇、急降下、急旋回と、ほうきで自在に空を飛ぶ魔女に、アゾット号はじりじりと引き離されます。
「『名もなき勇者』に負けるほど、私は弱くないのよ!」
魔女が杖を振るい、海と空を荒れ狂わせました。
さすがにこの悪天候では、思うように飛べません。必死で操縦桿を操り、なんとか失速をまぬがれるので精一杯です。
(こ、こんなの反則だよー!)
海を見ると、光に粉砕されたはずの闇の渦が再び生まれていました。
デュランダルが、闇の渦に引きずり込まれようとしています。そうはさせるかと、飛行士は墜落覚悟で魔女に突っ込んでいきました。
「……もういい。沈みなさい、デュランダル」
魔女が静かに杖を振りました。
そのとたん、魔女を中心に、すさまじい魔力の波動が生まれました。
(まずいっ!?)
慌てて操縦桿を横に倒しましたが、魔力の波動をよけきれませんでした。
ガツン、と岩にでも当たったかのような衝撃に、アゾット号が弾き飛ばされます。なんとか立て直そうとしましたが、上からものすごい圧力がかかってきて、思うように操縦できません。
「くっ……くっそぉー!」
さすがの飛行士もどうすることもできず、アゾット号はきりもみ状態で海へ落ちていきました。
◇ ◇ ◇
弾き飛ばされ、そのまま海へと落ちたアゾット号と飛行士は、闇の渦の真ん中に突っ込んでしまいました。
衝撃で、飛行士の意識が遠のきます。
(意識を……失っちゃ、ダメ、だー!)
飛行士は歯を食いしばり、気を失わないよう、必死で耐えました。
アゾット号に、闇がねっとりとまとわりつきます。
プロペラからあふれる光が機体と飛行士を守ってくれますが、闇はそのプロペラを止めようと、どんどん濃くなっていきました。
(これ……マズい……)
操縦桿から、ギシギシ、ミシミシと、アゾット号がきしむ音が伝わってきました。それは、アゾット号の機体が壊れようとしている音でした。
──……! ……!
誰かが、飛行士に呼びかけたような気がしました。
いったい誰でしょうか。
ですが飛行士に返事をする余裕はありませんでした。
アゾット号が、闇の底へと沈んでいきます。必死でプロペラを回すアゾット号ですが、どんどん濃くなる闇に包まれて、プロペラの回転が止まり始めました。
『君を……君を、消させるわけにはいかない!』
アゾット号が必死で闇と戦っているのを感じました。飛行士だって、負けてはいられません。
(起きろ、起きろ起きろ起きろー、目を開け、僕!)
飛行士は必死で自分を奮い立たせ、ようやく少しだけ目を開けることができました。
闇、闇、闇。
ほんの数センチ先も見えない、ねっとりとまとわりつく闇の中でした。アゾット号のプロペラが止まれば、たちまちのうちに押しつぶされ、飲み込まれてしまいそうです。
「アゾット……号……どうか、どうか……」
飛行士はアゾット号を励まそうとしました。でも──その言葉を、どうしても言うことができませんでした。
ぶわり、と闇が一気に濃くなりました。
操縦桿から伝わってくるきしみも、一気に大きくなりました。まるでアゾット号が悲鳴を上げているようで、飛行士は胸が締め付けられるような思いでした。
(ちくしょー、ちくしょー! 誰か、助けてよー!)
もうだめかと、飛行士があきらめかけ、目に涙を浮かべたときでした。
──主砲、発射用意っ!
闇を貫いて、力強い女の人の声が響き渡りました。
アゾット号と飛行士を押しつぶそうとしていた闇が、びくり、と怯えたように震えます。
『相棒!』
「うん!」
アゾット号の呼びかけに、飛行士は意識を取り戻し、操縦桿を握り直しました。
闇の底に光が生まれていました。さきほど、闇を一撃で粉砕したのと同じ光です。
『直撃したら、こっちもやられる! タイミング合わせて、よけて!』
「うけたま……わったー!」




