07 飛行士・ヒスイ (1)
『天才エンジニアの設計図』
幼なじみの飛行士は、いつも願っていました。
「大空を自由に飛べる、翼が欲しいんだよー!」
この地上を離れて、自由自在に空を飛びたい。
翼さえあれば、どこへだって行ってみせる。翼さえあれば、どこへだって連れて行ってあげる。
だからどうか、僕に翼をおくれ、と。
そんな飛行士の願いを聞いた後で。
エンジニアのリンドウは、ゴツンッ、と金槌のようなゲンコツを、飛行士の頭に落としてやりました。
「片っ端から壊してるのは、あんただよ!」
ベリーショートで、紫色のツナギを着た、飛行士より一つ年上の女の子。おじいさんゆずりのゲンコツの強さとエンジニアの才能は、誰もが一目置くほどです。
「作っても作っても壊すんだから!」
「こ、壊そうとして壊してるんじゃないってばー!」
飛行士はゲンコツの痛さに涙を流しながら、リンドウを見上げました。
「僕が思い切り飛んだら、なぜか壊れちゃうんだよー」
「無茶な操縦するからだよ! 千メートルの急降下と急上昇を繰り返せば、壊れて当たり前!」
「だって僕は、空を自由に飛びたいんだもの!」
鳥のように、思うがままに、どこまでも飛んで行きたい。
それが飛行士の望みでした。そんな翼が欲しいとお願いされ、リンドウはもう何機も飛行機を作っていました。
ですが、飛行士が望むままに飛ぶと、飛行機は壊れてしまうのです。
リンドウが言う通り、飛行士が無茶な操縦をするからなのですが、飛行士はちっとも反省していないようです。
「あーんーたーはー! 安全第一、て言葉をまず覚えなさい!」
「覚えてるってば! 僕は一度だってケガをしたことないよー!」
「……それが私には、不思議でならないよ」
リンドウはあきれた顔になりました。
もう何機も飛行機を壊していますが、飛行士は一度もケガをしたことはありません。墜落して大ケガしたっておかしくないのに、どうにかこうにか不時着して、無事脱出するのです。
「あんた、不時着だけは上手いよね。これからは『不時着王』と呼んであげるよ」
「うれしくなーい……」
「とーにーかーくー!」
リンドウはため息をつくと、頭をガシガシとかきました。
「次の飛行機ができるまで、あんたは私の助手! コキ使ってやるから覚悟しな!」
「そ、そんなぁ。僕は飛行士で、エンジニアじゃないよー」
「やかましい! 飛行機一機、いくらすると思ってるの! 作ってやるだけありがたいと思いな!」
※ ※ ※
──どこまでも続く闇の中を、アゾット号はゆるやかに落ちていきました。
そのアゾット号の操縦席で眠っている飛行士に、誰かが語りかけます。
『起きて』
『目を覚まして』
『操縦桿を握って』
何度も呼びかける声に、飛行士の眉がピクリと動きました。
『まだ大丈夫』
『まだ飛べる』
『君の翼は、まだ折れてないよ!』
そうです、声の言う通りです。
「世界を滅ぼす魔女」に攻撃され傷ついていますが、アゾット号の翼は折れていません。飛行士が目を覚まし操縦桿を握れば、アゾット号は再び空を飛ぶでしょう。
『お願い、起きて』
(……だ……れ?)
ゆっくりと、飛行士は目を開けました。
(ここ……どこ?)
真っ暗で、周りには何も見えません。ただ不思議なことに、アゾット号と自分の体だけは、ぼんやりと光って見えていました。
(ええと……)
どうしてこんなところに、と考え、魔女が魔法で作り出した、水の柱で叩き落されたことを思い出しました。
(あれ、でも……海に落ちたんじゃ、なかった、け?)
頭がぼんやりして、よく思い出せません。
ですが、それは後回しです。
アゾット号のエンジンは止まり、今はただ落ちているだけなのです。このまま落ち続けたら、墜落してしまいます。
(飛ば……なきゃ……)
飛行士は操縦桿をつかむと、キーを回し、アゾット号のエンジンを再起動させました。
ブルンッ、とアゾット号のエンジンが動き出し、プロペラが力強く回り始めます。
(まだ……飛べる……)
『そうだよ』
さきほどから呼びかけてくる声が、飛行士にあいづちを打ちます。
『まだ飛べる』
『まだ行ける』
『さあ、行こう!』
(……アゾット号!?)
その声は、なんとアゾット号でした。
回り出したプロペラから光があふれ、アゾット号と飛行士を包んでいきます。光が、まとわりついてくる闇を跳ね返し、操縦桿が軽くなりました。
私の最高傑作だよ!
アゾット号を作り上げた時、幼なじみのエンジニア──リンドウは、誇らしげに胸を張りました。
その言葉に嘘はありませんでした。アゾット号は鳥のように軽やかに、自由自在に空を駆けました。少しくらい無理をしても、アゾット号は壊れたりしません。
その力強い翼がある限り、どこまでだって飛んで行けるのです。
「うん、そうだね……行こう、アゾット号!」
飛行士が操縦桿を引くと、アゾット号の機首が上がりました。
アゾット号は闇を切り裂き、ぐんぐんスピードを上げて飛んでいきます。
(でも……どっちに行けばいいのかな?)
周りはすべて闇で、何も見えません。
そもそもここはどこでしょうか。海に落ちたはずなのに、水の中ではなさそうです。
「……なんだ、あれ?」
このまま、あてもなく飛ぶしかないのかな。
飛行士がそう考えた時、はるか前方に、闇の底から上空へと昇っていく白い光が見えました。
光はどんどん強くなり、周囲に満ちていた闇が急速に薄れていきます。
そして。
──撃てぇっ!
力強い女の人の声とともに、光が一気に闇を撃ち払いました。
「うわわわっ!」
ドギューゥゥゥン、と耳をつんざくような音が響きました。その衝撃で、アゾット号を包んでいた闇は吹き飛ばされてしまいます。
「な、なになにー?」
『大丈夫、味方の砲撃だよ!』
「ほ、砲撃ぃ? なんか物騒じゃないー!?」
『もう、しっかりしなよ! 君は今、戦っている最中なんだよ!』
そうでした。
飛行士は「世界を滅ぼす魔女」の動きを探るため偵察に出て、その魔女に墜落させられたのです。
つまり、ここは戦場。気を抜けばそれで終わりの、過酷な場所です。
『さあ、あの光を追って! みんなのところへ行こう!』
「承ったー!」
アゾット号の呼びかけにうなずくと、飛行士は光が空けた穴へと飛び込み、一気に上昇していきました。