06 仲間を探して-Ⅲ
荷物が乗った台車を押しながら、真っすぐに伸びた地下道を進む、二人の女の子がいました。
「早く早く! みんな待ってるよ!」
「待ってよー!」
エプロンドレスに大きなリボンの女の子が、お団子頭にエプロン姿の女の子に声をかけました。
二人とも、とても楽しそうに笑っています。
それも当然です。これから、みんなでパーティーなのです。台車にはパーティーで使う道具や食材がたくさん乗っていました。もちろんパンケーキを作るのに必要な小麦粉もあります。
「材料、足りるよね?」
「みんなたくさん食べるもんね。足りなくなったら困っちゃうね!」
「足りなかったらどうするの?」
「そのときはみんなで、釣りか狩り!」
「ええっ、まさかの現地調達!?」
「あはは、調理はよろしくね!」
「だから私はパティシエだってば。コック長に言ってよ!」
「じゃあ、今日はあなたを臨時コック長に任命します!」
「ちょっとぉ!」
ああもう、また突拍子もないこと言うんだからと、お団子頭の女の子はあきれて笑いました。
やがて道は行き止まりになりました。
「ちょっと待ってね」
大きなリボンの女の子が、祭壇へと近づきます。
「ええと確か、上、上、下、右、左、右、下、と……」
祭壇にある四つ葉のクローバーのような模様を順番に押すと、ガコン、と大きな音がして、祭壇のある壁がゆっくりと開いていきました。
壁の奥は部屋になっています。二人は台車を押して部屋に入ると、壁に埋め込まれていたボタンを押しました。
ガコン、とまた音がして、開いていた壁が閉じました。そして壁が完全に閉じると、部屋がゆっくりと上がり始めます。
「エレベーター、作ってもらって正解だったね!」
「うん。これ、階段じゃ持って上がれないもんね」
「こんなの簡単に作っちゃうんだから、リンドウってすごいよね!」
◇ ◇ ◇
夢はそこで途切れ、パティシエは目を覚ましました。
(……あの子、誰なんだろう?)
前も夢に見た、エプロンドレスに大きなリボンの女の子。
確かに知っているはずなのに、顔も名前もぼんやりとしています。
しばらく考えたけれど思い出せず、パティシエは考えるのを止めました。
通路の横を流れていた水で顔を洗い、チョコレートの朝ごはんで元気を取り戻すと、パティシエは「よし」と気合を入れて立ち上がりました。
正面には、四つ葉のクローバーのような模様が描かれた祭壇があります。
行き止まりだと思っていましたが……どうやら、そうではなさそうです。
「えーと……」
夢の中で女の子が押していた順番を思い出しながら、パティシエは模様を押しました。
上、上、下、右、左、右、下。
ガコン、と音がしました。
思ったより大きな音で、パティシエはびっくりしてしまいました。
夢の中と同じように、祭壇のある壁がゆっくりと開いていきます。中に入ると、やっぱり夢と同じように壁にボタンが埋め込まれています。
「これ……かな?」
上向きの矢印が描かれたボタンを押すと、ガコン、と音がして壁が閉じ、それから部屋が動き始めました。
どうやら、部屋ごと上がっているようです。
「あの夢……本当のことだったんだ」
では、パティシエはここへ来たことがあるのでしょうか。
考えてみましたが、まるで思い出せません。来たことはないはずですが、ならどうしてあんな夢を見るのでしょうか。
部屋──確かエレベーターと言っていました──はすぐに止まり、扉が開きました。
どこか洞窟の中のようです。壁に、地下通路と同じようなランプがついていました。パティシエが恐る恐るエレベーターを降りると、扉が静かに閉まり、ガコン、と音を立てて降りて行きました。
「ここ……どこかな?」
床はレンガが敷かれていましたが、壁はむき出しの石のままです。
耳を澄ますと、ザァァッ、という波の音が聞こえてきます。
「……よし」
パティシエは気合を入れると、フライパンを構えて歩き出しました。
誰かがいる気配はありませんが、慎重に進んでいきます。ゆるやかな坂になっている洞窟を登っていくと、波の音がどんどん大きくなってきます。
まもなく出口にたどり着きました。
「わぁ……!」
パティシエが恐る恐る外を見ると、景色が一変していました。
そこは草原ではなく、海でした。
相変わらず夜のままでしたが、空に三日月が浮かんでいます。そのおかげでしょうか、前よりも少しだけ明るくなったような気がしました。
「大丈夫……かな?」
あの金色の光は、もう空を飛んでいませんでした。パティシエはホッとし、洞窟を出て砂浜に下りました。
ザァァッ、ザァァッ、と波が押し寄せては引いていきます。
海へ来れば、海賊船デュランダルが、みんなが待っている。
そんな気がしていたのですが、どこにもデュランダルの姿はありませんでした。
「……あきらめない、ぞ」
ぐいっ、とあふれかけた涙をぬぐい、パティシエは魔法の言葉を唱えました。
「ここは浅瀬で、だから、デュランダルは入ってこれないんだ」
パティシエは周囲を見ました。
左の方はどこまでも砂浜が続いていて、その先は海のようです。
右の方も砂浜が続いていますが、遠くに山影のようなものが見えます。
「……何か、光った、かな?」
その山影を見ていたら、ふもとに小さな光が見えたような気がしました。
いいえ、気のせいではありません。本当に小さな光ですが、確かに山のふもとで何かが光っています。
「誰かが、あそこにいるんだ」
よし、と気合を入れ、パティシエは山へ向かって歩き始めました。かなりの距離がありますが、歩き続ければきっとたどり着くはずです。
「これ、飛行機ならひとっ飛びなんだろうなぁ」
パティシエは、ふと、そんなことを思いました。
海賊船デュランダルに載せられていた、小型戦闘機「アゾット号」。アゾット号なら、遠くに見える山へもあっという間に行けるはずです。もしも飛行士がここにいたら、「承った!」と親指を立てて、すぐに連れて行ってくれるでしょう。
「すごかったなあ、あの空中戦」
ほうきに乗って自在に空を飛ぶ魔女と戦っていた、飛行士とアゾット号。あんなにも自由自在に飛行機を操れたら、どれだけ気持ちいいことでしょう。
僕に翼がある限り、どこへだって連れて行ってあげるよ!
飛行士はいつもそう言っていました。空を飛ぶものならなんだって乗りこなしてみせる、そう胸を張る彼女は、誰もが認める天才飛行士なのです。
「でも、天才だけど不時着王なんて呼ばれている、て聞いたような気もするなぁ」
そしてそう言われると、飛行士は不機嫌そうな顔で「僕の腕に飛行機が付いてこないんだい」と文句を言っていました。
そのふてくされた顔を思い出し、パティシエは思わず笑顔になりました。
「そう言っていつも、壊したお前が悪いんだ、て。リンドウにはたかれるんだよね、ヒスイは」