05 巫女・ルリ (4)
暗闇の中から、今にもアンドロイドが姿を見せるのではないか。
そう考えると、巫女は怖くて怖くてたまらず、体が震えて、身動きができませんでした。
「助けて……助けて、誰か……」
震える手を合わせ、巫女は必死に祈りました。
せめて光を。
小さくていい、足元を照らすだけでいい、この暗闇を照らしてくれる温かい光を。
──姉ちゃんっ!
不意に、呼ばれたような気がしました。
今はもういないはずの、シルフィの声のような、そんな気がします。
「シル……フィ……?」
巫女は恐る恐る目を開けました。
すると、暗闇のずっと先に、小さな光が見えました。
「あれ……は?」
──立って! 進んで!
またシルフィの声が聞こえたような気がしました。
──こっちだよ!
「シルフィ……シルフィなの?」
それは、確かにシルフィの声でした。
声に呼ばれるようにして立ち上がり、巫女は光を目指して暗闇の中を進みました。
深く青く、優しい光でした。
その光に、なぜか見覚えがあるような気がします。
「あ……」
やがて光にたどり着き、巫女は驚きました。
光っていたのは、銀の鎖が付けられ、涙の形をした、ラピスラズリのペンダントでした。
誰かの忘れ物でしょうか。岩壁に引っかけるようにかけられていて、まるで持ち主が探しに来るのを待っているようです。
「これ……」
優しい光に誘われて、巫女はそっとペンダントに触れ──その途端、思い出しました。
「……私……の?」
ペンダントは巫女のものでした。
今の今まで、なくしたことすら忘れていた、大切なペンダントです。
──あなたが帰る場所を守ってくれるから、シルフィは戦えるんだよ。
シルフィが、「大事な友達」と言って紹介してくれたあの子。
大きなリボンにエプロンドレスの、長い髪の女の子がくれた、大切なペンダント。
──あなたと同じ名前のこの石が、きっと力を貸してくれるから。
ラピスラズリ。
またの名を、瑠璃。
聖なる力を宿す、自分と同じ名前の石。
──これからは、私たちも守ってね。
そうです、巫女は──ルリはあのとき誓ったのです。
このペンダントをくれたあの子を、そして仲間を、何があっても守るのだと。
その大切な誓いを、どうして忘れていたのでしょうか。
「ピイィーッ!」
遠くから妖精の声が聞こえてきました。
ピンチを知らせるその声に、ルリはハッとなりました。
いつまで泣いているのでしょう。
何をぼんやりしているのでしょう。
助けてくれた妖精が、ピンチなのです。
それを見捨てて逃げるような人を、誰が勇者と呼ぶでしょうか。
「くっ……」
ルリは涙をぬぐうと、ペンダントを手に取りました。
──姉ちゃんは、私の自慢だよ!
あの大泥棒シルフィが、自慢の姉と言ってくれたのです。
シルフィの自慢のお姉ちゃんでいるためにも、ここで逃げるわけにはいきません。
「私は……私は、『名もなき勇者』なんかじゃありません!」
ルリの言葉に、ペンダントの光が強くなりました。
洞窟の中に満ちていた闇が、光に照らされ消えていきます。
その光は、ルリの心に満ちた恐怖を消し、代わって勇気が満ちていきます。
決して負けない、決してあきらめない。その決意が、ルリの体に力をみなぎらせます。
「ピィーッ!」
光が闇を消し去ると、どこかへ行っていた妖精が大急ぎで戻ってきました。
「よかった、無事でしたか!」
「ピィッ!」
あったりまえだよ!
そんな感じで元気いっぱいに答えた妖精が、大ジャンプしてルリの肩に飛び乗りました。
「急ぎましょう!」
「ピピッ!」
ルリは急いで道を引き返しました。
全速力で、迷うことなく洞窟を走り抜け、妖精たちと別れたところへ戻ります。
「みなさん!」
押し寄せてくるアンドロイドを相手に、青いツナギ姿の妖精が奮戦していました。どの妖精も傷つき、疲れた顔をしていましたが、決して逃げようとはしません。
「光よ壁となれ、我らに守りを!」
その戦いの中へルリは飛び込み、祈りを捧げて光の壁を作り出しました。
アンドロイドが弾き飛ばされ、押し込まれていた妖精たちを、光の壁が守ります。
「ごめんなさい……もう、逃げませんから!」
「ピィッ!」
謝るルリに、妖精たちが親指を立てて応えます。
「いいってことよ!」
「戻ってくると信じてたぜ!」
そんな風に言ってくれているような、力強い笑顔です。
「ピーッ!」
肩に乗る妖精が、鋭い声を上げました。
アンドロイドたちが剣を振るい、光の壁に切りつけています。大急ぎで作ったから弱かったのでしょう、すでにひびが入っていて、壁はまもなく壊れてしまいそうです。
壁が壊されれば、アンドロイドは数に物を言わせて押し寄せてくるでしょう。
ですが、ルリはもう怖くありません。
「みなさん!」
「ピィッ!」
もう一人で逃げたりしない。
大切な仲間は、必ず守ってみせる。
その決意を胸に立つルリの周りに、妖精たちが集まり壁となります。
そうです、ルリが妖精たちを守るように、妖精たちがルリを守ってくれるのです。
怖くて震える必要なんて、ないのです。
「私は巫女のルリ! 義賊と呼ばれた、大泥棒シルフィの姉!」
アンドロイドに向かって、ルリは胸を張って名乗りました。
「ここから先へは、一歩も進ませません!」
誰一人欠けることなく、ここを脱出しよう。
そして、大切な仲間を探しに行こう。
あの泣き虫の魔女が、傷つき倒れてしまう前に、ルリは守りに行かなければならないのです。
「私が絶対に壊れない壁を作ります! それまで、時間を稼いでください!」
「ピィッ!」
戦いで最も難しいのは、退却戦。
だけど、絶対にみんなを守ってみせる。
ルリはその決意を胸に、全身全霊で神様に祈り始めました。