01 世界会議 (1)
とても大きな会議場に、何千、何万、いいえ、もっとたくさんの人が集まっていました。
「みなさん!」
壇上に立っていた『議長』が大声で叫ぶと、ざわめきが消えていきます。やがて会議場が水を打ったように静かになると、議長はコホンと咳払いをしました。
「今一度、申し上げます! 魔女が、すべての世界を滅ぼそうとしています!」
会議場に響き渡る声で、議長が参加者に語りかけました。
「このままでは、すべての世界が滅ぼされてしまうでしょう! だからこそ、この会議が開かれたのです! 無数にある世界から、代表者を一人ずつ。世界を救う方法を決めるために!」
「それはもう、何度も聞いた」
暗闇の中から誰かが声を上げました。
「だが、魔女がすべての世界を滅ぼすとは、どういうことなのかね?」
「文字通り、消えてしまうのです!」
「消えてしまう?」
「そうです。街が破壊される、国が滅びる、文明が埋もれる、そういうことではありません! 本当に、何もかも、その世界そのものが、闇に飲まれて消えてしまうのです!」
再び議場がざわめきました。
議長は手に持ったハンマーで何度も机を叩き、「静粛に!」と声を上げました。
「恐ろしい魔女です。ほうきで自由に空を飛び、あらゆる魔法を使いこなし、次元を超えて世界を移動することすらやってのける、まさに天才です! 最強にして最悪の魔女です!」
「だが、たった一人ではないか」
「たった一人? たった一人と言いましたか! では聞きましょう。みなさんの世界に、そんな魔法使い、もしくは戦士、あるいは科学者、ええ、職業なんてなんでもいいのです、あの仮面をかぶった魔女と同じことができる者がいるのでしょうか!」
誰からも、何の返事もありませんでした。
「忘れてはなりません。すでにいくつもの世界が滅びてしまいました。このままでは、ここにいる皆さんの世界も消えてしまうのです!」
「そんな魔女と、どうやって戦うというのだ?」
震える声で誰かが叫びました。その声にうなずく者があちらこちらにいて、不安そうな顔をしています。
「心配いりません、神様が助けてくださいます!」
「神様?」
「神様だって?」
驚きの声があちこちから上がりました。
「そうです、神様です! 神様が、我らを助けるために天使を遣わしてくださいました! 『世界を滅ぼす魔女』を捕らえるために力を貸すと、そうおっしゃっているのです!」
「その神様とは、何者なのか?」
「無数にある世界のすべてを創りたもうた、偉大なるお方です!」
「そんな存在が本当に? ……ああ、いや、信じるしかないのだな」
「そうですね。今こうして我々が、異なる世界の者が集まって会議をしているのですから」
反論はもうありませんでした。何日も続いた議論がようやく終わるときがきました。議長はほっとして、最後の一仕事だと大声を張り上げました。
「では、お集まりのみなさま。無数にある世界を代表する方々!」
議長の呼びかけに、集まった多くの人が息を呑みました。
「『世界を滅ぼす魔女』を捕えるため、『勇者の船団』の編成を! ご賛同いただける方は拍手を!」
ぱらり、ぱらり、と数名の拍手が聞こえました。その拍手に促されるように拍手が増えていき、ついには会議場一杯に拍手が響き渡りました。
「ありがとうございます、これで世界は救われるでしょう! みなさまのご英断に、心からの感謝を捧げます! では、これにて会議は終了します!」
鳴り止まぬ拍手の中、議長はハンマーで幾度も机を叩いて、会議の終わりを告げました。
◇ ◇ ◇
そんな会議場の様子を、巨大な鏡を通して見ていた者がいました。
金色の鎧と兜に身を包んだ『天使』と、黒色の鎧と兜に身を包んだ『悪魔』です。
「決まりましたね」
拍手が鳴りやまぬ会議場の様子を見ながら、天使は勝ち誇った笑みを浮かべました。
「これで、私の勝ちです」
「……盛大な出来レース、ごくろうさん」
天使の勝ち誇った笑みに、悪魔は皮肉一杯の笑顔で応えました。
そこは、巨大な岩山をくり抜いてできた、悪魔を閉じ込めておくための牢獄でした。
かつて全世界の支配をかけて何度も戦った天使と悪魔。
激しい戦いの末、神様を味方につけた天使が悪魔を打ち負かし、牢獄に閉じ込め、世界に平和は戻りました。
そのはずでした。
「だけど、本当にこれで終わるのかねぇ」
「……何が言いたいのです?」
「お前、何度も魔女に出し抜かれてたよなぁ、と思っただけさ」
「あなたが手を貸していましたからね」
天使は「わかっているんですよ」という顔で、椅子に縛り付けられている悪魔を見下ろしました。
「いやいや、知らないって」
しかし、悪魔は笑って首を振ります。
「俺はこの通り、縛り付けられて動けない状態たぜ? 証拠はあるのかい?」
「ずる賢いあなたが、証拠を残すわけないでしょう」
「おや、ほめてくれるなんて珍しいじゃないか」
悪魔の笑いに、天使は忌々しそうな表情を浮かべました。しかし一瞬のことで、すぐにまた天使は勝ち誇った顔になりました。
「何を企んでいるのか知りませんが、もう無駄です。魔女は私の手に落ちました」
「そのまま連れて行けばいいものを。策に溺れてるんじゃないのか?」
「より完璧に。それが、神様の望みにかなうことです」
天使は悪魔に背を向け、歩き出しました。外にいた見張りに「油断せぬよう」と言いつけると、最後にまた勝ち誇った笑みを悪魔に向け、牢獄を出て行きました。