05 巫女・ルリ (2)
『風の女の子・大泥棒シルフィ』
ある国に、とても有名な泥棒がいました。
悪いことをしてお金をもうけている、そんな貴族や商人だけを狙い、盗んだお金を貧しい人に配って歩く、義賊と呼ばれる泥棒です。
その名は、大泥棒・シルフィ。
シルフィはまだ十歳の女の子で、巫女である姉と二人で暮らしていました。
姉、と言っても血のつながりはありません。
シルフィもシルフィの姉も、みなしごでした。田舎の村の小さな孤児院で、姉妹のように一緒に育ったのです。決して豊かではない暮らしの中、少ないパンを分け合って生きてきたシルフィと巫女。その絆は本物の姉妹と同じでした。
シルフィは勇敢で頭の回転が速いうえ、すばしっこくて正義感の強い子でした。
ある日シルフィは、森の中で盗賊団と出会い、巫女に内緒で弟子入りしてしまいます。そして、あっという間に盗賊の技を覚え、一人前の泥棒になってしまいました。
でも泥棒はとても悪いことです。
シルフィが泥棒をしていると知った巫女は、すぐに止めるよう言いました。
──嫌だ。
泥棒が悪いことだと、シルフィだって知っています。でもシルフィが泥棒をするのは、巫女のためでした。
巫女は、シルフィがお腹を空かせないようにと、五歳の時に巫女見習いとなり、それからずっと大人を手伝って働いています。子供だからと安い賃金しかもらえず、いつもクタクタの巫女を、シルフィは助けたかったのです。
──私が姉ちゃんに、お腹いっぱい食べさせてあげる!
そう言って泥棒を繰り返し、おいしいご飯や甘いお菓子を買って、シルフィは家に帰りました。
巫女は戸惑いながらも、シルフィが買ったご飯やお菓子を食べました。
巫女だって、本当はつらくて苦しかったのです。おいしいご飯や甘いお菓子を、お腹いっぱい食べたいと思っていました。だから、盗んだお金で買ってきたものだと知っていても、ついついそれを食べてしまいました。
神様に、罰を与えられてしまう。
そう言っておびえる巫女を、シルフィはギュッと抱き締めました。
──大丈夫。姉ちゃんは私が守るから。
だけど、やっぱり神様は巫女に罰を与えました。
大泥棒・シルフィをかばい、助けた、という罪で、巫女は村にやってきた兵隊に捕まってしまったのです。
領主様のお城に連れて行かれ、巫女は牢屋に閉じ込められました。
そうすれば巫女を助けにシルフィがやってくるだろうという、悪い貴族や商人の作戦でした。
処刑されるのだと思うと、巫女は怖くて仕方ありませんでした。
でも自分がいなくなれば、シルフィが泥棒をする理由もなくなるのです。そうなれば、シルフィは泥棒を止めて普通に生きてくれるでしょう。
そう考えた巫女は、せめて最後はお姉ちゃんらしく、シルフィを守ろうと決意しました。
巫女は、「どうかシルフィがここへ来ませんように」と、神様に一生懸命お祈りしました。
※ ※ ※
──ガサリ、と草をかき分ける音がして、巫女はビクリと目を覚ましました。
ひざを抱えたまま、いつの間にか眠っていました。
眠っている間にアンドロイドが近づいていたのかもしれません。巫女は慌てて逃げようとしましたが、疲れ切った体は思うように動きませんでした。
ガサリ、ガサリと草をかき分け、木の枝から枝へと飛び移り、どんどんこちらへ近づいてきます。
音は一つだけではありません。すでに包囲されているのでは、そう思うと巫女は怖くなりましたが、もう逃げることは無理そうでした。
「助けて、助けてシルフィ……」
思わずそんな言葉をつぶやいて、震える手で祈りを捧げ始めた時。
ガサリ、と音がして、草むらから青いツナギ姿の小さな人が姿を現しました。
「……」
「…………」
「………………え?」
「……………………ピィ!」
見つめ合うこと十数秒。
巫女が我に返ると同時に、小人も我に返ったようです。
「え、ええと……小人、さん?」
巫女がおそるおそる呼びかけると、青いツナギの小人はピタリと動きを止め。
「ピピピピッ、ピピッ! ピピピピピーッ!」
何やら早口で抗議をしてきました。
「え、え? ご、ごめんなさい、あの……何か気にさわることを?」
小人が何を言っているか、巫女にはさっぱりわかりません。どうしようと戸惑っていると、ガサガサと草をかき分けて、さらに小人がやってきます。
木の上からも、土の中からも。わらわら、という感じで集まってきました。
「ピピピッ!」
「ピーピー」
「ピピ……ピピピ」
後からやってきた小人が、抗議をしている小人をなだめてくれました。
小人の一人が巫女の前に来て、ビシッ、と敬礼しました。
なんだか軍人さんみたいだなと思いながら、巫女がお辞儀を返すと、その小人が小さなプレートを掲げました。
とても小さな文字が書いてありました。巫女は目を凝らしてその文字を読み上げました。
「ええと……妖精と呼んでくれ、ですか?」
「ピッ!」
巫女の言葉に、小人──もとい、妖精はうなずき、親指を立ててウィンクしました。
ああなるほどと、巫女は納得しました。どうやら彼ら(彼女ら?)は、小人と呼ばれると怒るようです。
「ええと……それは、失礼いたしました」
巫女が謝ると、怒っていた妖精も「わかればいい」という感じでうなずきました。どうやら機嫌を直してくれたようで、巫女はホッとしました。
ゴウッ、と風の音が聞こえました。
妖精たちがハッとして、緊張した顔で空を見上げました。
巫女も見上げ、息を呑みました。巫女たちのすぐ上の空に、金色の光が集まりつつあるのです。
「ピィッ!」
妖精が声を上げ、巫女の手を引っ張りました。
「……ついて来い、というのですか?」
「ピッ!」
巫女の言葉に妖精がうなずきました。信じていいのかと巫女は迷いましたが、どうやら妖精たちはアンドロイドから巫女を守ろうとしてくれているようです。
「……わかりました」
巫女はうなずくと、妖精たちに案内されるままに、深い森の中へと入っていきました。