05 巫女・ルリ (1)
手をつなぎ、暗い洞窟を全速力で走る二人の女の子がいました。
一人は、黒装束に身を包んだ、十歳の女の子。
もう一人は、青い法衣を着た、十四歳の女の子。
大盗賊・シルフィと、彼女が本当のお姉さんのように思っている巫女でした。
──走って!
シルフィは、巫女の手を引き走り続けました。
あと少し、もう少し行けば、外へ出られるのです。そこまで行けば大丈夫なはずです。
二人を捕まえようとする兵士たちが、大勢追いかけてきます。
足が速くてすばしっこいシルフィだけなら、とっくに振り切って逃げていたでしょう。でも、巫女が一緒なので、なかなか兵士たちを振り切れませんでした。
──このっ!
追いついてきた兵士たちが、次々と矢を放ちました。
真っ暗な中、どこから飛んでくるかわからない矢を、シルフィは風の音だけを頼りに次々と叩き落としました。
──絶対に、守る!
ですが、あまりにも多勢に無勢でした。
追手はどんどん増えてきて、それにつれて飛んでくる矢も増えていきます。
このままでは、二人ともやられてしまう。
そう考えたシルフィは、どん、と巫女の背中を押して先に行かせると、自分は取って返して兵士たちに切り込んでいきました。
「シルフィッ!」
──走って! 逃げて!
逃げたくありませんでした。だって巫女はお姉ちゃんですから。妹を見捨てて逃げるなんて、したくありませんでした。
「シルフィ……シルフィ、お願い、戻ってきて! 無茶しないで!」
──姉ちゃん、逃げて! 早く!
シルフィの叫びが聞こえてきて、巫女は仕方なく走り出しました。
巫女が逃げ切れば、シルフィもすぐに逃げるはずです。シルフィのすばしっこさなら、簡単に逃げられるはずです。
──姉ちゃんは、私が守るんだぁっ!
シルフィの絶叫が聞こえました。
ただならぬその声に、巫女は足を止めて振り返りました。
闇の向こうで何かが──人の形のようなものが光り、白い粉となって崩れていくのが見え……それっきり静かになりました。
「シル……フィ……?」
ものすごく怖いことが起こったような気がして、巫女はガタガタ震えました。
──姉ちゃん……逃げて……
あまりの怖さに崩れ落ちてしまいそうになった時、苦しそうなシルフィの声が聞こえました。
(逃げ……なきゃ……)
震える体にむち打って、巫女は走り出しました。
真っ暗な洞窟を、ただ一人、何度も転んで、壁にぶつかって。傷だらけになりながら、巫女は必死で走りました。
(ごめんね、ごめんね、シルフィ)
巫女のほおを、涙が流れました。
(私はお姉ちゃんなのに。私がシルフィを守らなきゃいけなかったのに!)
ヒュンッ、と巫女の耳元を何かがかすめていきました。
矢でした。シルフィが食い止めているはずの兵士たちが、また追ってきて、矢を放っているのです。
(いや、いや……シルフィ、シルフィッ!)
シルフィがどうなったか、それを考えると怖くて仕方ありません。
でも、今は立ち止まるわけにはいきません。
シルフィが、命懸けで守ろうとしてくれたのです。なんとしても、逃げ切らなきゃいけないのです。
巫女は必死で走りました。
飛んでくる矢がどんどん増えてきます。
追手の足音もどんどん近づいてきます。
怖くて怖くてたまりません。息が苦しくて、もう走れないと思いました。
足がもつれ、転びました。
転んだ時に、ガツン、と足を打ってしまい、痛くて起き上がれませんでした。
(だれか……だれか、助けて!)
巫女が助けを求め、暗闇の向こうの誰かに手を伸ばした、その時でした。
「魔法の矢!」
闇の向こうで何かがパッと光りました。
光が矢となって飛び、追手が放った矢を次々と撃ち落としていきます。
そして、闇の向こうから。
ほうきにまたがって飛んでくる、魔女の姿が見えました。
「やっと……見つけた!」
魔女はほうきを飛び降りると、倒れている巫女に駆け寄りました。
怖くて、痛くて、悲しくて、走り続けて息が苦しくて、巫女は泣きながら魔女にすがりつきました。
「ごめんね……遅くなってごめんね……」
魔女の少したれた目に、涙がいっぱいにあふれました。
巫女をぎゅっと抱き締めると、魔女は追いかけてきた兵士たちにキッと目を向けました。
「もう、大丈夫だからね」
魔女は涙で一杯の目をぬぐい、杖を手に立ち上がりました。
「助けに、来たよ」
※ ※ ※
まるであの時のようだと──巫女は思いました。
そしてあの時と違うのは、巫女を助けに来てくれる人は、もういないことでした。
走って走って走り続けて、ようやく追ってくるアンドロイドをまいて、巫女は大きな木の根元に倒れこみました。
「なんとか……まけ、た……」
ゼエ、ハア、と胸が焼けるような荒い息です。巫女は必死で呼吸を整えながら、空を見上げました。
暗い空を、金色の光が飛び交っているのが見えました。
その光の数、とても数え切れません。
今度見つかったら、もう逃げきれない。
巫女はアンドロイドに見つからないよう、木の陰で体を小さく丸めました。
「どうして……アンドロイドが……」
何が起こっているのか、巫女にはさっぱりわかりませんでした。
魔女との戦いに敗れ、デュランダルから振り落とされ、気が付いたらこの暗い世界にいました。
仲間の姿はなく、どうしようかと途方に暮れていたら、金色の光──デュランダルに水先案内人として乗り込んでいた、あのアンドロイドと同じアンドロイドがやってきました。
助けに来てくれたと思った巫女に、アンドロイドは切りかかってきました。
「マジョ、ヲ、サガシ、ユウシャ、ハ、ケセ」
「テンシ、サマ、ノ、ゴメイレイ、デス」
驚く巫女に、アンドロイドはそう言いました。
巫女は必死で守りの壁を作り出し、間一髪でアンドロイドから逃げ出しました。
逃げた巫女を、アンドロイドは追ってきました。空を飛ぶ金色の光がどんどん増えて、逃げても逃げても、どこまでも追いかけてきました。
必死で逃げて、隠れてやり過ごし、見つかってはまた逃げて、を繰り返し、巫女はもうクタクタでした。
「シルフィ……」
巫女は、抱えたひざに顔をうずめ、もういない妹の名を呼びました。