04 仲間を探して-Ⅱ
暗い空を飛び交う金色の光を見て、パティシエはゆっくりと窓から離れました。
金色の光からは、なにか嫌なものを感じました。あれに見つかってはいけない、そんな気がしたのです。
「どうしよう」
金色の光がどこかへ行ってしまうまで隠れていよう。そう思いましたが、問題が一つありました。
食べる物がないのです。
パティシエが持っているのは、非常用のチョコレートが十粒だけ。できればそれは大切に取っておいて、何か別のものを食べたいと思いました。
「……よし」
パティシエは、家の中を探してみることにしました。
他人の家に勝手に入って、勝手に探し回るなんて、悪いことです。住んでいる人が帰ってきたら、泥棒と言われてしまうかもしれません。
ですがパティシエは本当にお腹が空いていて、このままでは倒れて動けなくなってしまいそうでした。もしも住んでいる人が帰ってきたら、その時はちゃんと謝るしかありません。
暖炉のある部屋には、奥へと続く扉が一つありました。
パティシエはそっと扉を開けました。真っ暗で、やはり誰もいないようです。
パティシエは、暖炉で燃えていた薪をフライパンに乗せ、たいまつの代わりにしました。
「おじゃましまーす……」
小さな声でそう言ってから、パティシエは奥の部屋に入りました。
そこは、キッチンでした。
きれいに掃除され、整理整頓されていました。ここなら何か食べ物があるかもしれないと、パティシエはあちこちの棚を開けて探しました。
でも、見つかったのは食器や調理器具ばかりで、食べ物はありませんでした。
「お腹空いたなあ」
がっかりした分、よけいにお腹が空いてきました。
ぐうぐうとお腹が鳴り、目が回って倒れそうです。
パティシエは少し休憩しようと、キッチンの隅に置いてあった椅子に座りました。
「あれ?」
椅子に座って目を上げると、キッチン隅の床に何かの影が見えました。
なんだろう、と目をこらすと、それは取っ手のようでした。
ひょっとしたら、その下は倉庫になっているのかもしれません。そういえばパティシエのお店にも、床下に作られた倉庫がありました。
パティシエはキッチンの隅へ行き、その取っ手を引っ張ってみました。
「んっ……んんーっ!」
とても重い扉でした。
パティシエは必死になって取っ手を引っ張りました。なかなか動きませんでしたが、「このやろーっ!」と大声を出して気合いを入れると、ずずっ、と音がして動きました。
ずずっ、ずずっ、と動いて、かこん、と何かが外れた感じがしたら、あとは一気でした。
「よ……いしょぉっ!」
ガコーン、と大きな音を立てて、床の扉が開きました。びっくりするぐらい大きな音で、思わずパティシエは悲鳴を上げてしまいました。
「あー、びっくりした」
ヒュウッ、と少し冷たい風が、開いた扉から流れてきます。
パティシエは恐る恐るフライパンのたいまつで、床の奥を照らしました。
「……階段?」
開いた扉の中には、地下へ続く階段がありました。
少し怖かったのですが、パティシエは階段を下りてみることにしました。ひょっとしたらこの下は大きな倉庫で、そこに食べ物があるかもしれません。
真っ暗で、ひんやりとした空気の中、パティシエは階段を下りていきました。
階段はそれほど長くなく、二十段ぐらいでした。
降りた先は通路になっているようです。フライパンのたいまつを掲げてみると、通路の端に水が流れているのが見えました。どうやら川の水が、ここへ引き込まれているようです。
「これ、どこに続いているのかな?」
パティシエがそうつぶやいたときです。
カチリ。
暗闇の向こうから、何かスイッチが入ったような音が聞こえました。すると通路の壁に埋め込まれていた、丸いランプが次々と光り始めました。
「え、なに、なに!?」
びっくりして思わず逃げ出しそうになりましたが、何とか踏みとどまりました。
深呼吸して気持ちを落ち着け、通路の先をながめました。壁のようなものは見えません。どこへ通じているのかはわかりませんが、かなり遠くまで続いているようです。
「行ける……かな?」
この通路は、住んでいる人が使っている、秘密の道なのかもしれない。
パティシエはそう考え、よし、と気合を入れて歩き出しました。
◇ ◇ ◇
地下迷宮、という言葉を教えてくれたのは誰だったでしょうか。
パティシエが歩いているのは、まさにその地下迷宮のようなところでした。床も壁もきれいに平らにされていて、明らかに人の手で作られたものとわかります。
幸い分かれ道はなく、ずっと一本道なので迷うことはありませんが、歩いても歩いても道は続いていました。
「あきらめないぞ!」
くじけそうになるたびに、パティシエは魔法の言葉を叫びました。その言葉を叫ぶと、不思議と力がわいてくるのです。
時々休憩しながら、パティシエは歩き続けました。
そして、多分もう一日が終わるんじゃないか、というぐらい歩いた時。
「あれ?」
ようやくパティシエは行き止まりにたどり着きました。
行き止まりの壁には祭壇のようなものがありました。祭壇には四つ葉のクローバーのような模様が描かれています。通路の横を流れていた水は、その祭壇の下へと流れて落ちていってました。
「えー、行き止まりなのぉ?」
そんなぁ、とパティシエはその場にへたり込みました。左右の壁にも扉のようなものはなく、これ以上進めそうにありません。
「今から戻るの、無理だよお」
じわり、と涙が出そうになりましたが、パティシエは慌てて涙をぬぐいました。
「私は勇者だもん。こんなことで泣かないもん!」
とはいえ、ずっと歩き続けていたのでクタクタです。もう今日は歩けそうにありません。ここで少し寝て、元気になってから来た道を戻ることにしました。
パティシエは内ポケットからチョコレートを一つ取り出しました。
甘くて美味しいチョコレート。それをじっくりと味わって飲み込むと、パティシエは少しだけ元気を取り戻せました。
パティシエは祭壇の真下で膝を抱え、壁に寄りかかって目を閉じました。
床は少しひんやりしていましたが、祭壇を照らしている光が空気を温めているのでしょう。そんなに寒いとは感じませんでした。
「お化けとか、出ない……よね?」
ふとそんなことを考え、ちょっとだけ怖くなりました。
こんなとき、巫女が一緒にいてくれたらな、と思います。
神様に祈りを捧げ、悪霊や悪いお化けを退ける力を持つ巫女。巫女が作り出す結界は強力で、どんなに怖いお化けが出ても、きっとパティシエを守ってくれるでしょう。
ああ、でも。
夢うつつに、パティシエは思い出しました。
巫女は、こういう狭くて暗いところがとても苦手でした。もしも今ここにいたら、震えてパティシエに抱きついているかもしれません。
「大丈夫かなあ……暗いところに閉じ込められてたり……してないといいなあ……」
優しい巫女の姿を思い浮かべ、パティシエは神様にお願いしました。
「神様……どうか……ルリを守ってあげてね」