03 剣士・アカネ (4)
赤い光に飛びかかられて、アンドロイドの包囲が崩れました。
それを見た瞬間、剣士は包囲が崩れたところへ飛び込みました。
「ピィッ!」
突如現れた赤い光──赤いツナギ姿の妖精が、こっちだ、と剣士を手招きします。
「このっ……」
再び繰り出されたアンドロイドの剣を間一髪で避け、剣士は転がりながら包囲網から脱出、素早く立ち上がると、妖精とともに全速力で走り始めました。
すぐにアンドロイドが追いかけてきます。ですが、それを阻もうと、赤いツナギ姿の妖精も次々と集まってきました。
「ピィッ!」
先に行け!
そんな仕草をした妖精十名ほどが、アンドロイドを迎え撃つため引き返しました。
たちまちのうちに大乱闘が始まります。剣士は立ち止まることなく走り続け、アンドロイドたちを引き離しました。
「ピィ、ピィ、ピィー!」
妖精の一人が肩に乗り、耳元で盛んにまくしたてています。だけど何を言っているか分かりません。
「な、なに言ってるのか、全然わかんないよ!」
ぐいっ、と妖精が、剣士の髪を引っ張りました。
左の方を指差し、こっちだ、と言わんばかりにしています。
「そっち? そっちに行けばいいの!?」
妖精が本当に味方なのか分かりません。でも、今は信じるしかありませんでした。
走って、走って、やがて剣士は断崖にたどり着きました。
「ピィーッ!」
肩に乗る妖精が海を指差し、叫びました。
飛び込め、と言っているみたいです。
「わ、私、泳げないんだよ!」
けっこうな高さの断崖に、深い海。
剣士はそれを見て震えました。重たい鎧は身に着けていませんが、そもそも泳げないのです。飛び込んでそのまま溺れたらと思うと、怖くて飛び込めませんでした。
「ピィーッ!」
背後で、妖精の叫び声が聞こえました。
剣士が振り返ると、アンドロイドと戦っていた妖精の一人が消えていくのが見えました。
「妖精さんっ!?」
妖精一人一人は、決してアンドロイドに負けていません。ですが、数が違い過ぎました。倒しても倒しても、空のかなたから金色の光が飛んできて、次々と攻めてくるのです。
「ピィィィィィィッ!」
剣士の肩に乗る妖精が大声で叫びました。
その号令に、他の妖精たちが隊列を組み、剣士を守る壁になりました。
「ピピピッ!」
飛び込め、そして剣を取れ!
肩に乗っていた妖精が飛び降りた時、そう言ったような気がしました。
「剣、を?」
目の前に見える、断崖と深い海。その深い海の底に、何か光る物が見えました。
「くそっ……」
溺れたらどうしよう、そのまま沈んだらどうしよう。
そう思うと怖くてたまりません。
ですが。
──怖い時ほど、胸を張れ!
アンジェの言葉が、剣士の脳裏に響きました。
どんな強敵相手でもひるまなかったアンジェ。だけど、アンジェだって負けそうになる時はたくさんありました。
でも、そんなときこそ。
アンジェは槍を構え、胸を張り、「来るなら来い!」と己を奮い立たせていたのです。
「私だって……私だって!」
数え切れないほどのアンドロイドが押し寄せてきます。
剣士を守ろうと、妖精たちが獅子奮迅の戦いぶりを見せています。
それを、ただ震えて見ているだけの人を、誰が勇者と呼ぶでしょうか。
「私だって、勇者だぁっ!」
ありったけの勇気を出し、怖いという気持ちをねじ伏せて、剣士は駆け出しました。
そして、思い切り断崖を蹴り。
「とぉぉぉりゃぁぁぁっ!」
勇ましい掛け声とともに、剣士は、ざぶん、と海へ飛び込みました。
◇ ◇ ◇
世界一の竜騎士、アンジェ。
どこへ行っても彼女は歓迎され、誰もがその名を知っていました。
弟子であり従者である剣士の名など、誰も知らないし知ろうともしません。
──ねえ、剣士さん。
だけど、あの子は違いました。
大きなリボンにエプロンドレスの、髪の長い女の子。
初めて会った時、アンジェの陰に隠れている剣士を見つけ、キラキラした目で話しかけてくれたのです。
(剣を!)
海の底で光っていたのは──あの日、大切な友達と一緒になくした剣でした。
あがいて、もがいて、必死で海の底へ潜り、剣に向かって手を伸ばしました。
行かなければならないのです。
泡となって消えたアンジェの代わりに、あの子を助けに行かなければならないのです。
どうしてこんな大切なことを、忘れていたのでしょうか。
(こ……のおっ!)
そのためには、どうしたって剣がいるのです。
あの子がくれた、あの炎の剣が!
──あなた、なんてお名前なの?
(私は!)
剣士の手が、ついに剣の柄を握りました。その途端、剣士の全身に力がみなぎってきました。
「焔ぁぁっ!」
剣士は抜刀とともに叫びました。抜かれた剣が炎を生み出し、渦となって海水を吹き飛ばします。海の底があらわになり、剣士は砂浜に向かって全速力で走りました。
「ピーッ!」
それを見た妖精たちが、次々と崖を飛び降りて剣士のもとに集まりました。
「私は……『名もなき勇者』なんかじゃない!」
追ってきたアンドロイドに向かって、剣士は剣を構えました。
その数、百体近く。
ですがもう負ける気はしません。
彼女は、竜騎士アンジェの一番弟子……いいえ、世界一の竜騎士と言われるアンジェが、ただ一人「相棒」と呼んだ女の子です。
そんな彼女が、弱いはずはないのです。
──さあ、名乗りを上げろ!
アンジェの声が聞こえたような気がしました。剣士は呼吸を整え、アンドロイド相手に大声で名乗りました。
「我こそは剣士アカネ! 竜騎士アンジェ、ただ一人の相棒なり!」
「ピーッ!」
剣士アカネの堂々たる名乗りに、妖精たちが歓声を上げました。
「私は、あの子を助けに行く」
それが、師であり相棒であった、アンジェの最期の頼み。
そして、きっと。
あの泣き虫の魔女もまた、あの子を助けようと一人で戦い続けているに違いありません。
「さあ。行こうか、妖精たち!」
遅くなったけど。
今度は、私が助けに行くからね。
アカネはその決意を胸に、力強く大地を蹴り、炎とともにアンドロイドに切りかかりました。