03 剣士・アカネ (3)
長い間歩き続け、剣士は小さな入り江にたどり着きました。
少し休憩しようと、剣士は砂浜に腰を下ろし、鞄から水筒を取り出しました。
「あんまり残ってないな……」
水も食料も、残りわずかです。どこかで補給しないと命にかかわります。
剣士は水を一口飲み、ビスケットをひとかけらだけ食べて、鞄にしまいました。
「どうしよう……」
このまま進めば、誰かに会えるのか。どこかで水や食料を補給できるのか。
一人で考えていると、どんどん不安が増してきました。こんなときアンジェがいれば、「だーいじょうぶだ、ての!」と豪快に笑い、不安を吹き飛ばしてくれるでしょう。
──おめーは心配性すぎるんだよ!
一緒に旅をしているとき、よくアンジェに言われました。
何とかなる、大丈夫だ。
オレ様が何とかする、大丈夫にする。
あの強さに憧れました。どんなに修行して剣の腕を磨いても、アンジェの心の強さにだけは一生勝てない気がしました。
アンジェさえいれば、大丈夫。
私はアンジェについて行けばいいのだから。
ずっとそう思っていたのに、アンジェはもういないのです。
「ちくしょう……」
ぽろり、と剣士は涙をこぼしました。
アンジェじゃなく、私が消えればよかったのに。
勇者にふさわしいのは、私ではなくアンジェだったのに。
そう考えたことが悔しくて、情けなくて、涙がこぼれました。
──ふざけんな、てめえ。
一度だけ、アンジェに本気で怒られたことがありました。
アンジェは本物の騎士で、私は偽物の剣士。
だから、私は強くなれないんだ。
強くなれない自分に落ち込んで、そんなことを言ってしまったときでした。
──オレの弟子が、偽物のはずないだろうが!
──もう一度同じことを言ったら、破門だ!
「やば……これ、破門かな」
剣士はそっとほおに手を触れました。
激怒したアンジェに拳骨で思い切り殴られて、何日もほおが腫れました。なかなか治らないほおを見るたびに、アンジェはすごく心配そうな顔をしていました。
あの痛みを思い出し、剣士は涙をぬぐいました。
「よし」
まだ、大丈夫。
まだ、いける。
私は竜騎士アンジェの弟子、最後まであきらめない。
「行くか」
剣士は立ち上がりました。
とにかく、みんなを探そう。そう考え、再び歩き出そうと空を見上げました。
「……ん?」
すると、夜空をいくつもの金色の光が飛び交っているのが見えました。
「なんだろう?」
流れ星にしては動きが変です。右へ行ったり左へ行ったり、まるで何かを探しているような感じです。
そのうちのひとつが、どんどんこちらに近づいてきます。
「……アンドロイド?」
光の正体は、案内役としてデュランダルに乗り込んでいた、金色のアンドロイドでした。
「助けに来てくれたんだ!」
剣士はホッとし、「おーい!」と声をあげて手を振りました。
「こっちだよー!」
アンドロイドが剣士に気づき、一直線に飛んできました。
ザシャッ、と重い音を立てて、アンドロイドが砂浜に着地しました。
「助かったよ、どこへ行けばいいのかわからなかったんだ」
剣士が声をかけても、アンドロイドは無言でした。
じっと、真っすぐに剣士を見て、何かを考えている様子です。
「どうしたの?」
自分が勇者の一人だってわからないのだろうか。
そう考えて、アンドロイドに近づこうとしたとき……ゾワリ、と悪寒が走りました。
「くっ……」
悪寒が走った瞬間、剣士は思い切り後ろに飛んでいました。
風を切る音がして、剣になったアンドロイドの腕が、剣士のほんの少し前を真横に切り裂きます。もしも後ろに飛んでいなかったら、剣士はその一撃で倒されていたでしょう。
「なにするんだ!」
「マジョ、ヲ、サガシ、ユウシャ、ハ、ケセ」
「え?」
「テンシ、サマ、ノ、ゴメイレイ、デス」
勇者は、消せ?
なにそれ、と思っていると、空を飛んでいた金色の光が次々と降りてきて、剣士を取り囲みました。
あっという間のことで、逃げることすらできませんでした。
ジャキンッ、と音を立て、全く同じ動きで腕を剣に変えて剣士に向けてきます。
(だめだ、これ……)
完全に囲まれて逃げ道がありません。せめて剣があれば戦えるのですが、今は丸腰です。
「う、嘘でしょ……こんなところで……」
まだ約束を果たしていないのに。
オレの代わりに行ってくれと、そう、アンジェに頼まれたというのに。
「オカクゴ」
アンドロイドが剣を構え、腰をわずかに落とし。
剣士に向かって踏み込もうとした、まさにその時。
「ピィーッ!!!」
威勢のいい声が響き、小さな赤い光が現れると、剣士を取り囲むアンドロイドに飛びかかりました。