03 剣士・アカネ (2)
『竜騎士アンジェの大冒険』
竜騎士アンジェは、世界一強い騎士の女の子です。
馬ではなく、大きな赤いドラゴンにまたがって、世界の果てまでだってひとっとび。目にも止まらぬ速さで槍を繰り出し、どんな悪者もあっという間に倒してしまいます。
あまりにも強いので、悪者たちは「アンジェが来た」と聞けばすぐに降参し、二度と悪いことはしないと反省しました。
そんなアンジェを、世界中の王様が召し抱えようとしましたが、アンジェはどの王様のお召しにも応じませんでした。
「私は、世界中の人々を助けて回りたいのです」
おいしいごちそうも、立派なお屋敷も、きれいなドレスも、そんなものはアンジェはいらないのです。
世界中から、助けを求める人がいなくなればいい。
竜騎士アンジェはそんな思いを胸に、赤いドラゴンにまたがり、お供の剣士とともに世界中を旅しているのでした。
※ ※ ※
──泣いているうちに、眠ってしまったようでした。
目を覚ました剣士は、顔を上げ泣きはらした目をこすりました。
「いつまでも、へこたれてちゃだめだ」
もしもアンジェがここにいたら、「いつまでメソメソしてるんだ!」と拳骨を食らっているでしょう。みんなには優しいアンジェでしたが、弟子である剣士にだけはとても厳しかったのです。
「よし」
剣士は立ち上がりました。
さてどちらへ行こうかと周囲を見ると、少し離れたところに岩山がありました。
岩山の上からなら、遠くまで見えるはずです。ひょっとしたら誰か見つかるかもしれません。剣士はそう考え、岩山へと向かいました。
「あっ!」
岩山の近くへ来た時、剣士は小さな鞄を見つけました。非常用の食料が入った、剣士の鞄でした。
「助かった」
剣士は鞄を拾い、中に入っていた水筒を取り出しました。ずっと何も飲んでいなかったから、のどが渇いて仕方なかったのです。
「はぁっ……生き返った」
水を飲んで、非常食の甘いビスケットを食べると、クタクタだった体に力が戻ってきました。
よし、これなら行ける、と剣士は鞄を腰につけ、岩山を見上げました。
「うん、楽勝だね」
アンジェが乗っていた赤いドラゴンは、岩山で暮らすのが好きでした。生まれたのが岩山だったからでしょう。なので、アンジェと剣士も、普段は岩山の近くにある家で暮らしていました。
──よし修行だ。登れ!
そう言って、何度アンジェに岩山を登らされたでしょう。中には「落ちたらタダじゃすまないよね?」という岩山もあり、本当に命がけの修行でした。
それに比べれば、目の前の岩山は小さなものです。
「岩山登りなんて、剣士になるのに関係ないと思ってたけどなぁ」
剣士は岩山を登り始めました。
──あせるな、最後まで登りきることだけ考えろ!
──小さいからって、油断するなよ!
いつもいつもそう言っていたアンジェ。
その言葉を思い出しながら、剣士はゆっくりと、階段を一段ずつ上がるような慎重さで登っていきました。
「ふう……」
岩山の一番上まで登ると、剣士は大きく息をつきました。
弱々しい月の光に照らされて見えるのは、四方を囲んでいる、どこまでも続く海でした。
「島……なのかな?」
だとしたらずいぶん大きな島です。ぐるりと見回してみましたが、町の明かりや人の姿、そういったものは見つかりませんでした。
無人島、なのかもしれません。
「……どうしよう」
これでは、次にどこへ行けばいいかわかりません。アンジェのように、相棒ドラゴンがいれば空を飛んで行けるのですが、剣士には相棒ドラゴンはいません。
剣士の命である、剣も失くしてしまいました。水と食料も、もって二、三日でしょう。
──オレの弟子なら、あきらめるな!
途方にくれた剣士ですが、アンジェの言葉を思い出し、勇気を奮い立たせました。
「そうだ、あきらめちゃダメだ」
相棒ドラゴンがいなくても、剣をなくしても、それがどうしたというのです。
剣士は、神様に選ばれた勇者なのです。
最強の竜騎士アンジェの、たった一人の弟子なのです。
「とにかく、みんなを探しに行こう」
大きな島です。ひょっとしたらデュランダルに乗っていた仲間の誰かが、どこかに流れ着いているかもしれません。
剣士は、パンッ、とほおを叩いて気合いを入れると、仲間を探しに行くことにしました。
◇ ◇ ◇
どこまで歩いても、誰にも会えず、何も見つかりませんでした。
それに、この夜。
弱々しい月だけが空にある夜は、いつまでも明ける気配がありません。
「ここ、どこなんだろう」
ひょっとして滅びた世界でしょうか。
ですが、滅びた世界は闇に覆いつくされて何もない、と聞いています。でもここには、弱々しいけれど月があり、海があり、島があります。ここが滅びた世界であるはずがありません。
アンジェがいたらな。
剣士の前には、いつもアンジェの頼もしい背中がありました。
槍を手に、赤いドラゴンにまたがり、どんな強敵のところへも胸を張って行くアンジェ。その背中を見ていれば勇気がわいてきて、世界の果てまでだって行ける気がしました。
だけど、その背中はもうありません。
──おら、遅れるなよ!
くじけそうなときに振り返って、そう励ましてくれる人は、もういないのです。
たった一人で歩いていくことがこんなにもつらいことだなんて、剣士は初めて知りました。