03 剣士・アカネ (1)
水の中を沈んでいく、二つの影がありました。
一人は、立派な鎧に身を包んだ、竜騎士。
もう一人は、その弟子にして従者である剣士。
二人ともカナヅチで、泳げません。その上、激しい戦いでボロボロでした。
──わりぃな。
重い鎧を身に着けた竜騎士が、にこりと笑いました。
──オレ、ここまでだわ。後、頼むな。
竜騎士が手を伸ばし、剣士の胸プレートを外してくれました。
剣士の体が軽くなり、浮かび上がり始めます。
(うそだろ、やめてよ!)
剣士が慌てて手を伸ばしましたが、竜騎士には届きません。
──頼んだぜ、相棒。
竜騎士の体が崩れ始めました。
さらさらと白い粉となり、それが泡となって剣士を包みます。
──あの子を頼む。約束したんだ、助けに行く、てな。
泡になって剣士を包んだ竜騎士。まるで抱き締められているような温かさを感じ、剣士は涙がこぼれました。
──オレの代わりに、行ってくれ。
剣士の体が浮かんでいきます。
うそだ、うそだ、と何度も頭を振り、どうか消えないでくれと願いましたが、竜騎士はすべて泡となってしまいました。
悲しくて悔しくて、剣士の胸は張り裂けそうでした。
だけど、泣いて立ち止まっている暇はありません。
オレの代わりに、行ってくれ。
竜騎士の最期の願いを叶えるためにも、剣士はなんとしても助からなければならないのです。
(くそぉ……)
見上げると、キラキラした光が見えました。太陽でしょうか、月でしょうか。剣士はその光に向かって、必死で両手両足を動かしました。
泳げない剣士を、泡となった竜騎士が助けてくれます。少しずつ、少しずつ剣士は水面へと近づいていきます。
水面まで、あと少しです。
(届か……ない……)
剣士は手を伸ばしました。
あと少し。
本当にあと少しなのに、どうしても届きません。泡が浮かび上がらせてくれている間に水から顔を出さないと、窒息してしまいます。
剣士は必死でもがき、何とか水面へ上がろうとしました。
息がもたず、ごぼり、と吐き出しました。
泡が消えていき、浮かぶ力が小さくなり、息ができないので意識も薄らいでいきます。
(だれか……助け……て……)
消えかけた意識の中、剣士が助けを求めた時。
ザブン、と誰かが飛び込んできて、剣士の体をつかみました。
そのまま剣士を抱えてぐんぐん昇ると、あっという間に水から飛び出し、空高く舞い上がりました。
「ごめんね……遅くなって、ごめんね」
ゲホゲホとせき込む剣士の耳に、今にも泣きそうな、震える声が届きました。
剣士は顔を上げ、助けてくれた人を見ました。
濡れて潰れた帽子をかぶる、少したれ目のかわいい魔女でした。
「助けに、来たよ」
安心したのか、ポロリと涙をこぼした魔女を見て。
あいかわらず泣き虫だなあと、剣士は力なく笑いました。
※ ※ ※
ザァァッ、ザァァッ、と寄せては返す波の音が聞こえました。
その音がするたびに、冷たい波が剣士の体を洗います。
「……うっ」
ようやく意識を取り戻した剣士は、波の冷たさに体を震わせ、ゆっくりと起き上がりました。
「ここ……どこかな……」
剣士がいたのは砂浜でした。
三日月の弱々しい光が、かすかに周囲を照らしています。
剣士の他には誰もいません。どうやら剣士だけが、この砂浜に流れ着いたようです。
ザァァッ、と波が押し寄せ、剣士の体を洗いました。
このままでは凍えてしまいます。
剣士は痛む体に鞭打って立ち上がり、少し離れたところにあった岩に、もたれかかるように座り込みました。
「みんな……大丈夫かな……」
魔女に敗れ、海に落ちた仲間たち。ひょっとしたらあのまま海に沈んでしまったのかと考え、剣士は慌てて頭を振りました。
「泳げない私が無事なんだ、みんな大丈夫さ」
あれ、どうやって助かったんだろう?
剣士は首をかしげました。
自慢ではありませんが、剣士はまったく泳げません。おまけに、重たい鎧と剣を身に着けていたのです。沈んでしまってもおかしくないはずでした。
「鎧と剣……どこいったんだろう?」
それも不思議です。
鎧も剣も、起きたときにはもう身に着けていませんでした。剣はともかく、鎧はどうしたのでしょう。海に落ちて、必死でもがいているときに、無意識で外してしまったのでしょうか。
全然覚えていません。
だけど、覚えていることが……いいえ、思い出したことが一つ。
「師匠……」
竜騎士アンジェ。
その強さに憧れて、押しかけて、無理矢理弟子にしてもらった、大切な人。
あの人の弟子として胸を張れる強さが欲しくて、必死で修行を重ねてきました。
ですが剣士は……世界を滅ぼす魔女に、手も足も出ませんでした。
「ごめん、師匠……私、やっぱり……弱かったよ……」
剣士はそうつぶやくと、膝を抱え、声を殺して泣きました。