02 仲間を探して-Ⅰ (1)
どこまでも、どこまでも、闇の中を沈み続けました。
このまま目を覚ますことなく、闇の中に溶けてしまうのかな──そんな風に思ったとき、ふわりとどこかに着地しました。
(あ……れ……?)
どこに着いたのでしょうか。
目を開くと、見慣れた看板が見えました。色々なお菓子の絵が描かれた、見ているだけで楽しい看板です。
(ああ……そうか……)
その看板は、王都にも知られた有名なお菓子屋さん──自分のお店のものでした。
どうやら、お店の前の広場で眠っていたようです。
体が重くて、指一本動かせません。
新しく出会った仲間と一緒に、冒険の旅に出た、そんな気がしたのですが。
それは夢で──広場で倒れたきり、ずっと寝ていたようです。
「まだ……生きて……る……」
真っ暗な空から、白い粉がたくさん降り注いでいるのが見えました。
お砂糖みたい、と思いました。
でも砂糖ではありません。口を開けて食べてみましたが、何の味もしませんでした。
その白い粉は「世界のかけら」。
世界が壊れ、砂のように崩れて降ってきたものでした。
世界が壊れた部分は、黒い闇でした。その闇は少しずつ、でも確実に広がっています。
黒い闇が空を覆いつくした時が、この世界の終わりだと言われました。食い止める方法を探すため、村の人たちが出かけていきましたが、誰も帰ってきませんでした。
(お腹、空いたなぁ……)
目だけを動かすと、あちこちにうず高く積もった白い粉の山が見えました。
そこには、一緒に村に残った人たちが埋まっているはずです。いえ、ひょっとしたら、村の人たちはもう白い粉になってしまったのかもしれません。
(私も、消えちゃうんだなあ……)
降り注ぐ世界のかけらが、体を覆っていきます。それを払いのける力は、もう残っていませんでした。
おいしいお菓子をいっぱい作って、世界中の人に食べてもらいたい。
その夢は、もうかないそうにありません。
あきらめよう、そう思ったとたん体から力が抜け、意識が闇に包まれていきました。
(おじいちゃん……私も、おじいちゃんのところに……行くね……)
さらさらと体が崩れ始めました。
いよいよもう、これで終わりなんだと思いました。
「だめーっ!」
その時、誰かの声が聞こえました。
「お願い、消えないで!」
体を覆っていた白い粉が吹き飛ばされました。
温かい手がほおをなでてくれ、消えかけた意識が戻りました。
「起きて、起きて!」
必死の呼びかけに、最後の力を振り絞って目を開けました。
少したれ目の、かわいい女の子の顔が見えました。
とんがり帽子に黒い服を着て、そばにはエニシダの枝で作られた大きなほうきがあります。
「ま……じょ……?」
「助けに来たよ!」
魔女が、涙をポロポロ流しながら声をかけてきました。
「ごめんね、遅くなってごめんね! 助けに来たよ! だから、消えちゃだめだよ!」
魔女の涙が落ちてきました。その涙の温かさに、絶望が和らいでいきます。
「ほんと……に……泣き虫、なんだから……」
最後の力を振り絞って手を伸ばし、魔女の涙をぬぐいました。
その手を、魔女が握りました。だけどもう、魔女の手のぬくもりを感じることができませんでした。
「ムチャ……した……んでしょ……」
魔女の帽子も服も、焼け焦げて、あちこちが切り裂かれています。助けに来るために必死で戦ってくれたんだと、とてもうれしくなりました。
「きて……くれ……て……ありが、とう……」
「消えちゃだめ! あきらめないで!」
「ごめん……ね……きて、くれた……のに……」
「だめ、だめ! お願い、あきらめないで!」
魔女が泣きながら呼びましたが、もう目を開けていられませんでした。
お別れは悲しいけれど。
最期に会えてよかった。
「シ……を……助けて……あげ……てね……」
笑顔を浮かべて、最期の望みを魔女に託すと──そのまま魔女の腕の中で、静かに崩れていきました。
※ ※ ※
ほおをなでる風に起こされて、パティシエは静かに目を開きました。
とても嬉しい夢。
とても悲しい夢。
その二つをいっぺんに見たような、そんな気がします。だけど、目を覚ました途端に夢は消えてしまい、どんな夢を見ていたのか忘れてしまいました。
「あれ、私……」
何があったんだっけ、と思いながら、パティシエはゆっくりと起き上がりました。
ほとんど明かりのない、暗い世界でした。
目を凝らして周りを見ましたが、どこまでも闇が続いているだけです。
ひょっとしたら、ここは滅びた世界なのでしょうか。
震えながら空を見上げ、そこに星を見つけてパティシエはホッとしました。
滅びた世界なら、星なんて見えないはずです。それに、耳を澄ますと葉擦れの音がします。どうやら草原のような場所にいるみたいです。
「あ……そうか」
パティシエはようやく、何があったのかを思い出しました。
世界を滅ぼす魔女と戦っている最中に海へ落ち、そのまま闇の穴に落ちたのです。
そしてその後──誰かに会ったような気がしますが、ぼんやりとしていて思い出せません。
「どうしよう……」
ここがどこで、どこへ行けばいいのかまるでわかりません。幸い、大したケガはしていませんが、非常用の食料が入っていたリュックはなくしていました。
「……みんなは、大丈夫かな」
パティシエより先に闇の穴に落ちていった、海賊船デュランダルに乗る仲間たち。
その姿はどこにも見えません。どうやら、はぐれてしまったようです。
「ううん、大丈夫に決まってる!」
パティシエは自分を励ますように、大きな声を出しました。
パティシエが無事だったのです、パティシエよりも強くて勇敢なみんなも、無事に決まっています。
「うー、しっかりしろ、私! 勇者なんだぞ!」
パティシエは気合を入れようと、パンパンと自分のほおを叩きました。