06 再会、そしてお別れ
光が消え、再び闇が満ちた世界に、静かな声が響きました。
──ごめんなさい。
──私たちの翼は、まだ完成していません。
──ごめんね。もう少しだけ、待っててね。
苦しそうな、すがるような、そんな声です。誰が、誰に語りかけているのでしょうか。
──でも、希望はまだ、消えていないから。
──必ず助けに行くから。
──どうか信じて。
──だからどうか。
──あと少し……あと少しだけ……
がんばって。
その言葉が、とてもいやな響きとなり。
まどろんでいた意識がすうっと浮かび上がりました。
◇ ◇ ◇
闇の中を、落ちていました。
(あれ……)
ここは、どこでしょうか。
自分は、何をしようとしていたのでしょうか。
頭がぼんやりとしていて、何も思い出せませんでした。
息が苦しくて。
足が痛くて。
気持ち悪くて。
のどがカラカラで。
体が熱くて。
もう指一本だって動かせないぐらい疲れている、それだけはわかりました。
(あ……)
どこまで落ちていくのだろう、そう考えた時、目の前に七つの光が現れました。
赤色。
青色。
緑色。
白色。
橙色。
黄色。
紫色。
七色の光が、目の前で輪となり、ゆっくりと回り始めました。
少しずつ、少しずつ、回る速度が上がっていき、一つ、また一つと、光が飛び去っていきます。
そして最後に、黄色い光だけが残りました。
黄色い光が動きを止めました。
自分を手に取れ、そう言われているような気がしたので、力を振り絞り、黄色い光に手を伸ばしました。
光に触れると、温かな力が流れ込んできます。
すると、ぼんやりした意識が少しだけ晴れて。
(そうだ……私は……パティシエ……)
やっとそれを思い出しました。
(ここは、どこ?)
痛みをこらえ、ゆっくりと首を動かし、思わず「あっ!」と声をあげました。
すぐ隣──手を伸ばせば届きそうなところに、『魔女』がいたのです。
魔女は、ピクリとも動きません。
ひょっとしてと思い、ゾッとしましたが、かすかに胸が動いているのが見え、ホッとしました。
いったい、何があったのでしょうか。
魔女の服や帽子は、焼け焦げてボロボロでした。
空飛ぶほうきも魔法の杖も、まっぷたつに折れてしまっています。
ほうきも杖も、あんなに大切にしていたのに、どうしたのでしょうか。
それに、気味の悪い灰色の仮面をかぶっています。そんなもの、どうしてかぶっているのでしょうか。
「起きて……起き、て……」
深く眠っているのか、魔女は呼びかけても返事をしません。
起こさなくちゃと、思いました。
助けなくちゃと、焦りました。
このままでは魔女が消えてしまうと思い、必死で手を伸ばしました。
ですが、どれだけ手を伸ばしても魔女には届きません。
あと少しだけ、もう少しだけ近づかなければと、肘をついて起き上がろうとしました。
「あうっ!」
ズキン、と体に痛みが走りました。
ものすごく痛くて、涙がこぼれました。
でも、痛みに負けている場合ではありません。
「起……こさな……きゃ……」
痛くてたまりません。苦しくて仕方ありません。
でも歯を食いしばって、何度も何度も痛みに声をあげながら、魔女を助けようと必死で近づきました。
「起き……て……」
やっとのことで魔女の近くまでくると、手を伸ばし、魔女がかぶる灰色の仮面に触れました。
触れた途端、ピシリ、と灰色の仮面にヒビが入りました。
そうです、それでいいのです。
これは魔女の仮面ではないのですから。誰が魔女に、こんなものをかぶらせたのでしょうか。
「取ってあげるね……今、取ってあげるからね……」
歯を食いしばって痛みをこらえ、魔女の顔から灰色の仮面を外しました。
外した途端、灰色の仮面はボロボロになって崩れました。
仮面の下から、少したれ目の、かわいい魔女の顔が現れます。
魔女の顔についた破片を手で払い、これで大丈夫と、ほっと息をつきました。
「起きて。目を覚まして……マレ」
静かに、優しく、魔女の名を呼びました。
大切な友達の名前。その名を口にするだけで、心がとても温かくなりました。
「起きて……マレ、マレ……」
何度も何度も呼びかけると、魔女のまぶたがピクリと動きました。
「うっ」と小さくうめき、ゆっくりと目が開いていきます。
よかった、間に合ったと、安心して涙がこぼれそうになりました。
「マレ……」
もう一度呼びかけると、魔女がゆっくりとこちらを見ました。
目が合い、笑顔を浮かべると。
魔女の目が大きく開き、みるみる涙がたまっていくのが見えました。
「あ……ああ……見つけた……やっと見つけた……探してたんだよ。私、ずっと探してたんだよ……」
「もう……あいかわらず……泣き虫なんだから」
ボロボロと涙をこぼす魔女。仕方ないなあと、涙をぬぐってあげようと手を伸ばしました。
ですが、もう限界でした。
「あうっ……」
手を伸ばした時に走った痛みに、意識がもうろうとし、ぐらりと倒れてしまいました。
「だ、大丈夫!? ……あうっ!」
魔女が慌てて起き上がろうとしましたが、声を上げてうずくまってしまいます。魔女もまた、体中が痛くて起き上がれないのです。
「マレ……ムチャしちゃ、だめ……」
ぶわっ、と闇の底から風が吹き上げてきました。
風にあおられて、体がくるりと宙を舞い、魔女から離れてしまいました。
「待って……待って!」
魔女が声を上げ、必死で手を伸ばしました。ですが魔女が伸ばした手をつかむ力が、もう残っていませんでした。
「だめ! 行っちゃだめ!」
泣きながら手を伸ばす、魔女の姿が遠ざかっていきます。
薄れていく意識の中、泣いている魔女を安心させようと、精一杯の笑顔を浮かべました。
会えてよかった、助けられてよかった。
胸の中は、温かい気持ちでいっぱいでした。このまま闇の中に溶けてしまっても、後悔はないと思いました。
「行くからね!」
遠ざかっていく魔女の叫びが、闇をつらぬいて、届きます。
「助けに、行くからね! 絶対、助けに、行くからね! だから……だから、あきらめないで!」
──ムチャしちゃ、だめだよ。
魔女の叫びに、声にならない声でつぶやくと。
目を閉じて、静かに闇の中に沈んでいきました。
第1章 おわり




