07 ながい眠り
光も音もない、深い闇の中。
私は、静かに思う。
いったい、私に何が起こっていたのだろう。
私の問いに、答える声はなかった。
私の中には、もう私しかいない。スピンも、こよりも、マレも、たくさんいた仲間たちも、もう私の中にはいない。
生き延びる、ただそれだけのために、私は力を使い果たしてしまった。
ここにいるのは、私だけ。
一人、ゆらゆらと闇に漂いながら、私はただ思い続ける。
私に、何が起こっていたのだろう。
物語を──『勇者と魔女と星渡る船』を、最初からなぞる。それを、何度も繰り返す。
だけど、やっぱりわからない。
わからないから、繰り返す。
繰り返して、繰り返して、何度目かもうわからなくなった時──ふと疑問が生まれた。
天使は──こよりは、なぜあの時、怒ったのだろう。
満天の星を見て「星渡る船」を思いつき、もう一度だけ勇気を振り絞ろうと思った。だけどこよりは、そんな私に激怒した。
どうしてあんなに怒ったのだろう。
どうして私ががんばろうとしたら、怒ったのだろう。
「どうしてなの、こより?」
こよりは消えてしまった。問いかけても答えはないだろう。だけど、問いかけずにはいられなかった。
──ムチャ、シタカラ、ダヨ。
驚いた。
答えが返ってきた。だけど、こよりじゃない。その声は──私だ。
私の、体だ。
「無茶って?」
私は、私の体に耳をすませる。ボソボソと、途切れ途切れに答えが返ってくる。
ああ、そういうこと。
答えを聞いて納得した。
あの時、私はがんばろうと思った。だけど一人じゃ怖かった。だから、みんなについてきてほしかった。
だから願った、「みんなと一緒に月へ行く」と。
でもそれは、私が名前をつけたみんなが、副人格として誕生するということだった。
あの時、名前がある子は百人以上いた。
一つの体に、百人を超える人格が宿れば、体はもたない。
だから私の体は、それを阻止させようと、こよりに働きかけた。
生存本能というやつだ。
こよりは、誰よりも私を守りたがっていたから、それに応じたのだろう。
「こよりには……嫌な役ばかり押し付けちゃったね」
ごめんね、と謝ったけど、こよりはもういない。
こより、本当にごめんね。
私を守ってくれて、ありがとう。
◇ ◇ ◇
私は一人、闇に漂い続ける。
眠りについてから、どれぐらい経ったのかわからない。
ときどき、私を呼ぶ声が聞こえてくる。
けれど、それは私を素通りする。
問いは続く。
私に、何が起こっていたのだろう。
もう死にたい、と心が願い。
死にたくない、と体が反発した。
そういうことなのかもしれない。だけど──それが正解だとしても、私は違う答えが欲しい。
私を呼ぶ声が聞こえた。
それを聞き流して、私は闇に漂い続ける。
みんなが消えてしまったように。
あの物語も、少しずつ消えていく。
あれは私の夢。目を覚ませば消えてしまうもの。
私は一度目を覚ましたから、時間がたって消えていくのだろう。
少しずつ、少しずつ、物語は闇に溶けて、思い出せなくなっていく。
寂しいと思う。忘れたくないと思う。
だけど、物語が溶けていくにつれ、私を包む闇が薄れていく。
まるで物語が、私に力を与えてくれてるみたいだった。
私を呼ぶ声が聞こえた。
私は初めて、声がする方を見た。
薄闇の向こうに誰かがいる。優しい声で、私の名前を呼んでいる。
誰の声だろう。
その声に、聞き覚えがあった。優しいけれど力強くて、闇を貫いて聞こえてくる、凛とした声。
あの人だ。
私の夢の中にやってきて、私を助けてくれた人。大人はいないはずの私の世界に、ただ一人登場した大人の女性。
あの人の声だった。
「あ、そうか」
思い出した。
私に、何が起こっていたのだろう。
その問いの答えは、とっくに出ていたことを。消えていく物語の中に書かれていたことを。私の二番目の人格だった、スピンがちゃんと言っていた。
そう、私には。
奇跡が起こっていたのだ。
私が作ったお話の登場人物が、私を助けにきてくれた。
ドキドキ、ワクワクする冒険を繰り広げて、あの人と力を合わせて、私を助けにきてくれた。
なんてすてきな奇跡だろう。
「ふふ、難しく考えすぎちゃった」
笑みがこぼれた。
さあっ、と光が差し込んできて、私を包む闇が晴れていった。
私を呼ぶ声が聞こえた。
その声を、私は受け止める。
きっと、ずっと呼んでくれていたのだろう。
そのことに、やっと気付くことができた。
うん、とうなずいて、私は立ち上がる。
ふわりと体が浮いて、声がする方へと歩き出す。
「そうだよね、奇跡が起こったのだもの」
大丈夫、きっと大丈夫。
奇跡が起こり、あんなにすてきな物語が生まれたのだから。
「結末は、絶対──ハッピーエンド、だよね」
第8章 おわり