06 救助 (1)
深い眠りから、目を覚ました。
ゆっくりと目を開けると、オレンジ色の小さな光が見えた。
月──かと思ったその光は、照明器具の豆球。
ああ、そうか。
だからずっと夜で、月が見えていたのかと──ぼんやりと思った。
息が苦しくて。
足が痛くて。
気持ち悪くて。
のどがカラカラで。
体が熱くて。
もう指一本だって動かせないぐらい、疲れていた。
目だけを動かして、周りを見た。
脱ぎ捨てられたままの服や下着、食べ残したパンと水、部屋の隅に山積みにされたガラクタ──おじいちゃんがくれた、おもちゃや本。
見つからないよう、シーツをかぶせて隠した、ノートの山。
(私の……部屋、だ……)
戻ってきたんだ、この地獄へ。
二度と戻りたくないと思っていたけれど、もう一度だけと覚悟を決め、戻ってきたんだ。
意識がはっきりするにつれ、全身に痛みを覚えた。呼吸をするだけで胸が痛み、ほんの少し身じろぎするだけで、右足に激痛が走った。
あまりの苦痛に、涙がこぼれた。
もう動きたくない、このまま眠ってしまいたいと、心の底から思った。
声が聞こえた。
激しく言い争うような、そんな声。一階で、両親と誰かが言い争っていた。
──私のところへ来て。
そんな言葉が、思い浮かんだ。
行かなくちゃ。
そのために、ここへ戻って来たのだから。
もしそれができなければ、本当に死んでしまうのだから。
「うっ……ぐっ……」
痛みをこらえ、歯を食いしばり、体を動かした。体中に激痛が走り、涙がポロポロとこぼれた。
(い……や、だ……)
のろのろと、力を振り絞って、上半身をひねり、うつぶせになった。
足にはもう力が入らない。腕だって、動かすと痛くてたまらない。
だけど私は、体中の力を振り絞って、動き出す。
(……ない、死に、たく……ない!)
腕の痛みをこらえつつ、腹ばいになって進んだ。
いつもは鍵のかかっている部屋の入口が、なぜか少しだけ開いていた。鍵をかけ忘れていた。この最大の、そして最後であろうチャンスを、逃すわけにはいかない。
(行……くん……だ……)
あの人のところへ。
きっと助けてくれるであろう、あの人のところへ。
──がんばれ!
応援の声が聞こえて来た。それも、一人だけじゃない。
──がんばって!
──あきらめるな!
──進め、行け!
たくさんの声が聞こえてきた。私の中から、はっきりと聞こえて来た。
その声に励まされて、歯を食いしばって痛みをこらえ、少しずつ前に進んでいく。
「ですから、一目でいいから会わせてください!」
体当たりをするようにして扉を開けると、女の人の声が聞こえて来た。
「だから、寝ていると言っているだろうが」
「ほら、今撮って来た写真だよ。ぐっすり寝ているんだよ」
女の人と言い争っているのは、両親。
「寝ている子を起こして欲しくないね。帰っておくれ!」
「扉の隙間からのぞくだけでいいんです!」
「いい加減にしろよ! 迷惑なんだよ!」
両親は、女の人を追い返そうとしていた。
(だめ……行か……ないで……)
急がなきゃと、腹ばいのまま廊下を必死で進んだ。声をあげて呼び止めようかと思ったけど、そんなことをしたら両親に部屋に連れ戻されてしまうかもしれない。
行かなきゃいけない。
私が行かなきゃいけない。
死にたくなければ、私ががんばるしかない。
「森山君、明日、改めて来ようか」
男の人の声が聞こえた。
血の気が引いた。帰られてしまったら、もう助からない。
──もう限界。もってあと五、六時間。
そう、この体は明日までもたない。これが、最後のチャンスだ。
(急がな……きゃ……)
階段にたどり着いた。これを一段一段降りていたら、絶対に間に合わない。
「では、明日の夕方、改めてお伺いします。その時は……」
(だめ、だめ……帰らないで!)
まるで、断崖絶壁のように見える階段。
間に合うためには、ここを、転がり落ちるしかない。
──行け!
──行きたまえ!
──びびるな、行けー!
再び響いた応援の声。
そして。
──シオリーっ、がんばれーっ!
大嫌いだった「がんばれ」の声に背中を押されて。
私は、ありったけの勇気を振り絞って、階段を転げ落ちていった。