05 最後の戦いへ (2)
楽しくて幸せな夢の時間。
永遠にこのままでいられればいいのにと思いますが、それはできません。
「がんばれよ、団長」
リンドウが近づいてきて、シオリの手を強く握りました。
「大丈夫、君なら戦える」
「ええ、そうです。私たちの団長様なんですから」
アカネが背中を叩き、ルリが優しく抱きしめてくれました。
「僕、大声で応援するからねー」
ヒスイが突き出した拳に、シオリも拳を突き出して、ぶつけ合いました。
「怖がることはない、みんながいっしょだからね」
ニヤッと笑ったハクトとは、ハイタッチを交わしました。
「シオリ」
そして、最後にやってきたコハクは。
ポケットに入れていた、銀色の光をシオリに差し出しました。
「シルバーからの、伝言だ」
私は、私の意志で戦った。
それがとても誇らしい。
コハクが伝えたシルバーの言葉に、シオリはハッとします。
アンドロイド・シルバー。天使が生み出した金色のアンドロイドが、銀色に変わったもの。それは、お人形でいることを強いられてきた、シオリの分身でもあったのです。
「うん……わかったよ、シルバー。私、戦うよ」
「負けんじゃねえぞ」
銀色の光を受け取ったシオリに、コハクが力強い口調で言いました。
「お前は、海賊船デュランダルに乗る、勇者の一人なんだからな。絶対に、負けるんじゃねえぞ!」
「うん」
最後は涙声になったコハクを、シオリはしっかりと抱きしめました。
「私を、守ってくれてありがとう、コハク」
「礼は……いらねえよ。仲間を守るのは、船長として、当然だ」
シオリが書いた、お話の登場人物たち。
大海原を一緒に旅した、大切な仲間たち。
そして、シオリの危機に駆けつけてくれた、勇者たち。
「私、がんばるから。もう一度だけ、がんばるから!」
シオリの言葉に、六人の勇者たちは笑顔で親指を立ててくれました。
その六人の足元で、黄色いツナギ姿の妖精──カナリアも、笑顔いっぱいで親指を立てています。
「みんな、応援、してね!」
「おう!!!」
「ピィッ!」
シオリの言葉に、元気よく答えた勇者と妖精は。
七色の光に包まれて、消えてしまいました。
◇ ◇ ◇
シオリの手の平に、八つの光の玉がありました。
赤色。
青色。
緑色。
白色。
橙色。
黄色。
紫色。
そして新たに、銀色。
それは、シオリの中に残っていた勇気。
何度も勇気を奮い立たせて立ち向かい、そのたびに粉々にされました。もうシオリの中に、勇気なんて残っていないと思っていました。
でも「希望」の名を持つ魔女が、残っていた勇気をかき集め、勇者として連れてきてくれたのです。
「これが、私の中に残っている、最後の勇気なんだね」
片手に乗ってしまう、八つの小さな光。
これが最後。
この勇気を使い果たしたら、シオリはもう二度と立ち上がることはできないでしょう。
「私、本当に、後がないんだね」
ぶるりと、シオリは震えました。
もしもダメだったらと考えてしまい、怖くなったのです。
「シオリ」
スピンがシオリに声をかけました。
「悪いが、俺たちもここまでだ」
「はい。私たちにはもう、あなたを守る力はありません」
死を願ったシオリは、シオリを守るために生まれた人格、こよりとスピンをお話の世界に引きずり込み、天使と悪魔という役割に押し込みました。
それは、お話の登場人物が人格になった、マレとは逆のこと。
人格であったこよりとスピンを、お話の登場人物にしてしまう、という結果になりました。
「俺たちは、もうそいつらと同じ。空想上の登場人物さ」
「ええ。ですから」
こよりとスピンが、光に包まれました。
「私たちも、シオリの勇気となりましょう」
スピンが青白い光に、こよりが金色の光になりました。
二つの光はふわりと飛んで、勇者たちの光とともに、シオリの手の平に収まりました。
──きばれよ、シオリ。
──応援しております。
「スピン……こより……」
青白い光と金色の光を見て、シオリの目に涙が浮かびました。
「ありがとう……今まで守ってくれて、本当に、ありがとう……」
シオリの代わりに、苦しみを引き受けてくれた人格。
だけどもう頼らないと、シオリは心に誓います。
「助かったら、もっと楽しくて、ワクワクする世界を作るから。きっときっと、楽しいお話を考えるから」
だからみんな。
「少しだけ、待っていてね」
シオリは、そうつぶやくと。
光となった勇者と天使、そして悪魔を、優しく握りしめました。
◇ ◇ ◇
魔法のほうきにまたがり、マレはシオリを乗せて飛び立とうとしました。
ですが、マレはもう力を使い果たしていて、飛ぶことができません。
「代わって」
シオリはマレと入れ替わり、ほうきの前に座りました。
それならと、マレが、とんがり帽子をシオリの頭に乗せてくれます。
「魔女シオリの、誕生だね」
「一度自分で、飛んでみたかったんだよね」
目を合わせて笑い合い、シオリはぎゅっとほうきを握り締めました。
「行くよ、マレ。ううん、ノゾミ!」
「うん、行こう」
床を蹴り、シオリとマレは空に舞い上がりました。
「あれは……」
何もない、死の大地だった星の表面が淡く光っていました。そんな中、東の方にひときわ強い光を放つ物が見えました。
宇宙戦艦クサナギです。
シオリはほうきを操り、クサナギへと向かいました。
クサナギの甲板には、一人の女性が立っていました。
白い軍服姿の、大人の女性。シオリのところへ勇者と魔女を連れてきてくれた、クサナギの艦長。
シオリはほうきにまたがったまま、艦長の目の前で止まりました。
真っすぐに見つめると、艦長は優しくほほ笑み、うなずきます。
「ありがとう、宮殿から出てきてくれて」
「……うん」
なんと言えばいいかわからず、シオリはただうなずきました。
「先に、戻っています」
黙っているシオリに、艦長は言いました。
「必ず行くから。だからどうか、私のところへ来て」
「うん」
迷わずにうなずいたシオリを見て、艦長は安心したように笑うと。
ぱちんと、シャボン玉が弾けるように、消えてしまいました。
「信じてる……信じてるからね……きっと行くからね、ミユキさん」
ぐらりと、マレがほうきから落ちそうになりました。
シオリは慌ててマレを支え、「大丈夫?」と声をかけます。
「ごめん、私も、もう……限界、かも」
「うん、そうだよね」
だけど、と。
シオリはマレの帽子の中からロープを取り出すと、それで二人の体を縛ります。
「お願い、最後まで……私が目を覚ますまで、そばにいて」
「……うん」
マレは目を閉じたままうなずき、シオリの背中に体を預けました。
「あと一度だけ……もう一度だけ、私、がんばれるよね」
「うん、できるよ」
震えるシオリを抱きしめて、マレがうなずいてくれます。
「大丈夫、私が一緒だから。たとえ地獄でも、私は一緒に行くから」
「うん」
マレを背負い、シオリは再び空へと舞い上がりました。
すると、シオリを励ますかのように、クサナギが光となって一緒に舞い上がります。
怖くてたまらない。
助かるかどうかなんてわからない。
それでもシオリは、最後にもう一度だけがんばるんだと、光の渦の中を飛んで行きます。
「これが、私の最後の戦い!」
最後に残った、勇気と共に。
いまだ消えない、希望に励まされて。
恐怖と不安をはねのけるように、シオリは大声で誓いを叫びます。
「わたしは、わたしを助けに行く!」