04 本当の名前 (2)
「消えちゃえ」
シオリが腕を振り下ろすと同時に、無数のいばらが出現し、勇者たちに襲いかかりました。
一瞬のことで、勇者たちは誰一人動くことができません。
しまった、と思った時には、いばらはもう目の前に伸びて来ていました。
「魔法の……矢ぁっ!」
唯一反応できたのは、マレでした。
勇者たちを守るため、最後の力を振り絞って魔法を放ちました。
いばらと魔法の、すさまじい衝突が星の宮殿を揺るがしました。
「みん……な、私の、後ろに!」
よろけながら立ち上がったマレが、前に出ます。勇者たちは急いでマレの後ろへと移動しました。
「マレの後ろに隠れちゃうんだ。情けないね、それでも勇者?」
「情けなく、ない!」
バカにしたようなシオリの言葉に、マレが反論します。
「みんなは、私をここまで連れて来てくれた! 私のために、がんばってくれた!」
ぴくり、と。
マレの言葉に、シオリのほおが動きました。
「だから、今は、私が、がんばる番なの!」
シオリの目がみるみる険しくなっていきます。そんなシオリに、マレは必死で訴えます。
「お願いシオリ、目を覚まして! 死なないで! 大丈夫だから、シオリを助けてくれる人はいるから!」
「いないよ、そんな人」
「いるの! ちゃんといるの! だからお願い、目を覚まして!」
シオリが救いを求めれば、きっと助けてくれる。
あの人なら、絶対に助けに来てくれる。
だから、目を覚まして、助けを求めてほしい。
「お願い、もう一度だけ。もう一度だけでいいから。私と一緒に、がんばって!」
「その言葉を、言うなぁぁぁぁぁぁっ!」
シオリが怒鳴り声をあげ、もやの中からいばらが爆発するように伸びました。
マレと勇者たちは、いばらに弾き飛ばされ、壁に叩きつけられました。いばらは屋根も吹き飛ばし、その衝撃で星の宮殿が半壊しました。
「がんばったよ! 何度もがんばったよ! だけど、助けなんか来なかったのよ! いったい、どれだけがんばればいいのよ!」
シオリは悲鳴のような声で叫びました。
「なんで、言えるのよ!」
その言葉を。
大嫌いな、その言葉を。
「その言葉だけは聞きたくない。私の世界で、その言葉だけは言わせない。そう決めてたのに!」
シオリは目をむき、マレをにらみつけました。
「なんで、平気な顔して、言えるのよ!」
「私が言ったから、かな?」
不意に。
真っ暗な空から、声が降って来ました。
驚いて顔を上げると、天使と悪魔の姿をした、こよりとスピンがいました。
その二人だけではありません。
お団子頭にエプロン姿、黄色いリュックを背負った、十歳ぐらいの女の子。
そんな、見覚えのない女の子を、こよりは抱きかかえています。先ほどシオリの叫びに答えたのは、どうやらその女の子のようです。
ふわりと、こよりがシオリの目の前に着地しました。
スピンがその隣に着地し、マレたちを見て「やれやれ」と肩をすくめます。
「大事なお友達を、ここまで痛めつけるとはね」
「黙りなさい、スピン」
「おお、こわ」
おどけた様子で肩をすくめたスピンを無視し、シオリはこよりをにらみつけました。
「こより。あなたには、すべてを終わらせろと命じたはずだけど?」
シオリの問いに、こよりは黙ったまま何も答えませんでした。
「黙ってないで、なんとか……」
「無視しないでほしいんだけど」
シオリがこよりを怒鳴りつけようとしたとき、お団子頭の女の子がさえぎりました。
こよりの腕から降り、シオリの前へ出てきます。
「ひょっとして、私が誰なのか思い出せない?」
問われて、シオリはどきりとしました。
わかりません。
目の前にいるこの女の子が誰なのか、シオリは思い出せません。
この世界の創造主であるシオリが知らない、そんな子はいないはずなのに、思い出せないのです。
だけど、ふと。
どこかで会ったような気がしました。この子と話をして、どこか暗い道を一緒に歩いたような、そんな気がしました。それも、ごく最近に、です。
「カナ……リア」
倒れていたコハクが、その女の子に呼びかけました。
(カナリア? この子の……名前?)
戸惑うシオリをよそに、女の子はコハクの方を振り向きました。
「コハク、大丈夫?」
「あったり、前だ」
勇者、なめんな。
コハクはそう言って、起き上がりました。他のみんなも、コハクの言葉にうなずきながら起き上がります。
一人、マレだけは起き上がりませんでした。
でも、目を開いてうなずいています。どうにか大丈夫なようです。
「よかった。間に合ったね」
「……誰よ、あなた」
シオリの問いかけに、勇者たちは驚きました。
パティシエ・カナリアは、「世界の書」に書かれている女の子です。「世界の書」の作者であるシオリが、知らないわけがないのです。
「パティシエの、カナリアだよ」
「パティシエ? カナリア?」
「やっぱり思い出せないんだね」
カナリアはシオリに向き直りました。
「でも、仕方ないかな。カナリアは消えちゃったし」
「じゃあ、あなたは誰なのよ」
シオリの問いは、その場にいた全員の問いでもありました。
パティシエ・カナリアは、確かに消えたのです。
それなのに、カナリアは戻って来ました。
かつて共に旅した記憶はなく、海育ちだったはずなのに山育ちと言い。
シルバーに「自分はシオリだ」と告げていたという、この女の子は誰なのでしょうか。
「私は、シオリだよ」
「……シオリは、私よ」
「うん、あなたはシオリ。でも私もシオリなの」
「意味、わかんない」
「そうだね、わかりやすく言うと」
にこりと笑い、カナリアの姿をした女の子は言いました。
「あなたは心で、わたしは体だよ」