04 本当の名前 (1)
だめ。
このままでは、勇者と魔女が消えてしまう。『シオリ』を救うことができず、バッドエンドになってしまう。
「もう、思い出せないんだね」
まだ、マレがいる。
その意味を、『シオリ』はもう思い出せないのです。
こうなったら、行くしかありません。
『わたし』は、深い闇の底から浮かび上がりました。
黄色い光がやってきて、『わたし』を優しく包んでくれます。
──ねえ、どうして私だったの?
それは、カナリアの声でした。
──アンジェやシルフィの方が、ずっと強いのに。
「そうだね。でも、カナリアは特別だったの」
──特別?
「そうだよ」
あの日。
『シオリ』が「星渡る船」を思いつくきっかけとなった、満天の星。
あの星空が、『シオリ』の中にある希望を輝かせ、勇気を奮い立たせました。
「マレ以外では、カナリアだけが、あの星空を『シオリ』と見ていたの」
星空を共有した記憶が、『わたし』をカナリアのところにたどり着かせてくれた。
だから、宿り木として、新しいカナリアに生まれ変わらせることができたのです。
──そうだったんだ。
「迷惑だった?」
──まさか。
「じゃあ、お願い。最後にもう一度、力を貸して」
──もちろん。
黄色い光が、『わたし』の中に染み込んできました。
『わたし』は大きく息を吸い。
ぐにゃり、とした感覚を通り過ぎてから、ゆっくりと目を開きました。
「ここは……医務室、かな?」
『わたし』は、ベッドの上に横たわっていました。
隣には、マレが使っていた医療用カプセル。天井に埋め込まれていたライトは消えていて、すべての機器が沈黙していました。
でも、真っ暗ではありません。
『わたし』を守るように包み込んでいる、黄色い光が周囲を照らしていました。
「さあ、急がなきゃ」
『わたし』はベッドの上から降りました。
壁にはめ込まれた鏡に、自分の姿が映っているのが見えます。
お団子頭にエプロン姿の、女の子。
お菓子づくりが得意な、パティシエ・カナリア。
その姿を借りて、『わたし』は歩き始めます。
──がんばって。
「うん」
カナリアに励まされて、『わたし』は明かりの消えたクサナギの中を進みます。
星渡る船。
希望を取り戻した『シオリ』が、最後の勇気を振り絞って戦うと決めた、想いの象徴。
それは、宇宙戦艦クサナギとなって、勇者と魔女を『シオリ』の元へ連れて行きました。
みんなと会えば、きっと思い出してくれると思っていました。
でも、『シオリ』は思い出すことができませんでした。
だとしたら、『わたし』が直接、行くしかありません。
「うん、しょっ、と」
切り開かれた扉を潜り抜け、『わたし』は甲板へ出ました。
そこで『わたし』を待っていたのは。
艦長、天使、悪魔の三人でした。
天使、悪魔の前に立ちふさがっていた艦長が、『わたし』を見て微笑みました。
「この二人は、あなたが呼んだの?」
「うん」
艦長は小さくうなずき、道を開けてくれました。
『わたし』は艦長の前を通り過ぎ、待っていた二人の前へ進みます。
こよりとスピン。
「天使」と「悪魔」の役割に封じ込められた、二つの人格。
やってきた『わたし』を見て、こよりが会釈をし、スピンが肩をすくめました。
「俺たちを呼びつけるとは、大した奴だな」
「ごめんね。でも、あなたたちの力が必要になったの」
「ま、いいけどよ。で、お前はいったい何者なんだ?」
「みんながいるところで教えるよ」
『わたし』の返事に「もったいぶりやがって」とスピンは笑いました。
「あなたを、『星の宮殿』へお連れすればよいのですね?」
「うん、よろしく」
こよりが私の前にしゃがみ、手を広げました。
『わたし』が近づくと、こよりは優しく抱きしめてくれました。
「では、参りましょうか」
こよりは『わたし』を抱きかかえると、翼を広げ、ふわり、と浮き上がりました。
ドォンッ、と大きな音がして、星の宮殿の屋根が吹き飛んだのは、その時でした。
「急ぐぞ。マレが消えちまう」
こよりに続いてスピンも宙に浮き、険しい顔で星の宮殿を見つめました。
「艦長!」
『わたし』は一人クサナギに残った艦長を見て、声を上げました。
「あなたがどうしてここにいるのか、私にもわからないけれど」
大人に心を許さず、憎んですらいた『シオリ』。
その『シオリ』が見る夢の世界に、大人である艦長はやってきた。
「助けて」という声が聞こえたから。
助けるために、来てくれた。
あらゆる困難を乗り越えて、勇者と魔女をここまで導いてくれた。
だから『わたし』は、艦長を信じる。
「きっと、あなたのところへ行くから!」
そのときは、どうかお願い。
『わたし』を──『シオリ』を、助けてほしい。
「必ず」
『わたし』の願いに、艦長が力強くうなずくのを見て。
「さあ、行って! こより、スピン!」
『わたし』は、『シオリ』がいる星の宮殿へと向かいました。