03 呪詛 (2)
「それは……ち、がう」
マレは歯を食いしばって、顔をあげました。
口を開くだけで、体中に痛みが走ります。目を閉じて、もう眠ってしまいたい、その誘惑に必死で抗いながら、マレはシオリを見つめます。
「違わない」
シオリは、マレの言葉をはねつけました。
「私はね、死ね、て言われてるの。もうめんどくさいから、お前死ね、て。大人はね、自分のことで忙しいから、私なんていなければいい、て思ってる。だから死んでやるの」
「ち、がう」
マレは再び、シオリの言葉を否定しました。
冷たく乾いていた、シオリの目が変わりました。猫のような目をつり上げて、マレをにらみつけます。
「違わない。違わない、違わない、違わない! 大人は、私に死ねと言ってるの! だから私は死ななきゃいけないのよ!」
「ち、がう」
マレは三度そう言い、必死で言葉をつむぎました。
「それは、シオリが死んでいい、理由じゃ、ない」
シオリの言う通りかもしれません。
シオリの周りにいる大人は、シオリが死んでもかまわないと思っているのかもしれません。
だけど、それはシオリが死んでいい理由にはなりません。
それに、シオリが死んではいけない理由は、ちゃんとあるのです。
「私が、いる」
「……は?」
「私は、まだ、ここに、いる。だから、シオリは、まだ、死んじゃ……だめ!」
◇ ◇ ◇
何か、大切なことを忘れている。
そんな思いがシオリの脳裏をかすめました。でもシオリは首を振って、その思いを追い出しました。
「何それ? マレがいるから、私は死んじゃダメ、て言いたいの?」
「そう、だよ」
「ふうん……」
シオリは、静かに手をあげました。
シオリの背後に、もやのようなものが生まれました。その中から、たくさんのいばらが伸びてきます。
「なら、マレを消したら死んでいいんだね」
ドンッ、と衝撃と共に、いばらが飛び出しました。
飛び出したいばらは、一直線にマレへ襲いかかります。
「魔法の、矢!」
マレは歯を食いしばり、ありったけの魔力を込めて杖を振るいました。
マレの周囲に光が生まれ、襲いかかってきたいばらを撃ち払います。
「ふうん」
シオリが手を下ろすと、いばらが消えました。
「すごいね、マレ。でもさ」
「あうっ! ぐっ……」
マレの体に激痛が走りました。痛みに耐えきれず、マレは杖を落とし、うずくまってしまいます。
そんなマレを、シオリは静かに見つめるだけです。
「痛いでしょ? それ、終わらないから。ずーっと、ずーっと、続くから」
再びいばらが伸びてきました。
それを横目でとらえ、なんとか杖を手にしようとするマレですが、痛みがひどくて動けません。
「ねえ、もういいでしょ。私……もういやなの」
痛いのも、苦しいのも、悲しいのも。
もういやだ。
もう耐えられない。
「もう、死なせてよ」
フォォォーン、という音が近づいてきました。
魔導エンジンの音です。海賊船デュランダルが、星の宮殿へやってきたのです。
「……勇者様の、到着ね」
宮殿の中庭に、デュランダルが着陸しました。
コハクを先頭に勇者たちが飛び出して、シオリの部屋を目指して走ってきます。
「シオリ! マレ!」
六人の勇者が、シオリの部屋になだれ込んできました。
床にうずくまっているマレ。
それを、ベッドの上で座って見ているシオリ。
そんな光景に、リンドウは厳しい視線をシオリに向けます。
「シオリ、あんたがやったのか!」
マレを守るように、六人がシオリとマレの間に立ちました。
「なんでこんなひどいことを!」
「ひどくない。私が受けた苦しみは……そんなものじゃない」
うめくようなシオリの声。憎しみの塊のような声に、リンドウは息を呑みました。
シオリは、リンドウの隣に立つコハクに目を向けました。
「コハク。私を守ってくれる、そう約束してくれたよね? なんでそっちにいるの?」
「シオリ、俺は……」
「うそつき」
口を開こうとしたコハクを、シオリは一言で黙らせました。
「出て行って。約束をやぶる子、キライよ」
「シオリくん。少し話を聞いてくれないかね?」
傷ついた顔で黙るコハクに代わり、ハクトが一歩前に出ました。
「コハクくんは、君を助けたい一心だよ。もちろん、我々も同じ気持ちだ」
「助ける……?」
ハクトの言葉に、シオリは顔を歪めました。
「私を? どうやって?」
お話の登場人物でしかないくせに。
夢から覚めたら消えちゃうくせに。
「私に目を覚ませ、て言うの!? あの地獄に戻れ、て言うの!? なんでそれが、私を助けることになるの!?」
知らないくせに。
私がどんな仕打ちを受けているか。
何も、何も知らないくせに。
何が勇者だ。
何が魔女だ。
私を助けると言いながら、あの地獄に戻すのというのか。
助けに来たと言いながら、結局は見捨てた大人と同じじゃないか。
もういい。
もうどうでもいい。
どうせ私は、死ぬ。
もう死にたい。
それが、私の望みなのだから。
それが、私に残された、最後の救いなのだから。
「みんな……」
シオリはゆっくりと手を挙げ。
「消えちゃえ」
勇者と魔女に向かって、静かに振り下ろしました。