05 つらぬく光 (3)
パティシエに続いて、魔女に弾き飛ばされたアゾット号が、渦の中心にある闇の穴へ落ちていきました。
「ちくしょー! 魔女、てめぇっ!」
怒った海賊がデュランダルの舵輪を回し、大砲を魔女に向けました。
「アンドロイドッ、ありったけぶち込めぇっ!」
「リョウカイ、シマシタ」
デュランダルのすべての大砲が、一斉に火を噴きました。しかし、魔女は避けるそぶりすら見せず、サッと杖を一振りしただけで大砲の弾を弾き返してしまいます。
「うわっ!」
「守りの壁よ!」
弾き返された大砲の弾が、甲板の中央にいた剣士と巫女に降り注ぎました。巫女が全力で祈りを捧げ守りの壁を作りましたが、防ぎきれなかった弾がデュランダルの甲板を撃ち抜きました。
「だめだ海賊くん! 全部こちらに弾き返される!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!」
大砲は弾き返され、剣士の攻撃も届かず、アゾット号は海に墜落。デュランダルもまた渦に引きずり込まれようとしており、逃げることすらできません。
もはや、打つ手なしでした。
「誇っていいよ」
そんな四人に、魔女が杖の先を向けました。
「ほんの少しの間とはいえ、私を追い詰めたのだから。海賊船デュランダルの勇者たち、私がすてきな物語にして語り継いであげる。もちろん最後は、私が勝つお話だけどね」
勝ち誇る魔女に、四人は何も言えませんでした。
世界を滅ぼす魔女。
その強大な力の前に、残された四人にできることはもうありません。
「じゃあね」
魔女が杖をくるりと回し、渦の中心の闇が大きくなりました。
ゴォォォッ、と大きな音を立てて海水が闇に飲み込まれていき、デュランダルが引きずり込まれていきます。
「すまない、海賊くん。役立たずの参謀役で」
「ばかやろう! 一番年上のお前が、一番最初にあきらめるんじゃねえよ!」
「……まったくだ。面目ない」
せめて最後に、意地の一撃を。
海賊が短剣を構えました。剣士は剣を構え、巫女も祈りの姿勢をやめていません。医者は武器を持っていませんが、ポケットを探り、入っていたコイン取り出しました。届くかどうかはわかりませんが、当たればきっと痛いでしょう。
「アンドロイドくん、穴に落ちる寸前で、一斉射撃」
「リョウカイ」
「巫女、私を風で飛ばして」
「わかりました」
剣士の言葉に、巫女がうなずきます。
作戦なんて言えるものではありません。ですが、タイミングを合わせれば、誰かの攻撃が当たるかもしれません。
「さあ……行くぞ!」
ドンッ、と海が揺れました。
渦の中央まできたデュランダルが、穴に向けて大きく船体を傾けました。
「アンドロイドくんっ!」
「セイシャ」
デュランダルの大砲が一斉に火を噴きました。医者が魔女に向かってコインを投げつけ、海賊は短剣を投げつけます。
「風の王、空を駆る翼を与えたまえ!」
「とぉりゃぁっ!」
巫女の祈りで風が起こり、それに乗って剣士が宙を舞います。
ですが、魔女にとってはそよ風のようなものでした。
杖の一振りで、大砲の弾は弾き返されてしまいました。
医者のコインをひょいとかわし、海賊の短剣をほうきではたき落とし、とびかかってきた剣士を杖で軽々と受け止めてしまいます。
「最後の悪あがき、お疲れさま」
ふわっと魔女の体が宙を舞い。
風に乗る剣士を、回し蹴りで蹴り落としてしまいました。
「くっ……そぉー!」
「私の勝ち、ね♪」
勇者たちとデュランダルは、闇の穴へ落ちていきました。悔しそうな顔をする勇者たちを、魔女は「ばいばい」と手を振って見送りました。
「さようなら、かわいい勇者さん。かわいそうだから、とどめは刺さないであげるね」
魔女は杖をしまい、ほうきに横座りしました。
最後に残ったデュランダルの勇者を闇の穴へ叩き落としたのです、もう敵はいないと考え、気をゆるめたのも無理はありません。
その油断を、見逃さなかった者がいました。
「捕らえたぞ、魔女!」
「えっ!?」
落ちて行くデュランダルの陰から、白い竜が猛然と飛び出してきました。
「白竜!? どこからっ!?」
魔女は慌ててほうきを操り、逃れようとしましたが。
あっという間に近づいてきた白い竜を避けることができず、捕らえられてしまいました。
◇ ◇ ◇
赤い竜が闇の底へ消えた直後、海の上から若草色の飛行機が落ちてきました。
(アゾット号!)
竜に蹴散らされたはずの闇が、再び集まってきてアゾット号を包みます。それを見たパティシエは、飛行士を助けようと無我夢中で手足を動かし、荒波の中を泳ぎました。
(このっ……うわわっ!)
闇の穴に頭を突っ込み、パティシエは驚きました。
そこには、海水がなかったのです。パティシエは何度もせき込んで、たくさん息をすると、飛行士に向かって大声をあげました。
「起きて、飛行士、起きて! アゾット号で飛んで!」
しかし飛行士の返事はありませんでした。墜落した衝撃で気を失ってしまったのかもしれません。
「飛行士! 飛行士!」
パティシエは声を限りに呼び続けましたが、飛行士は何も答えず、そのまま闇の底へ落ちていきました。
(助けなくちゃ!)
そう思い、闇の中へ飛び込もうとして、パティシエは小さく悲鳴をあげました。
闇が、ねっとりと体にまとわりついてくるのです。
「な、なにこれ、きもちわるい……」
パティシエは、手にべっとりとついた闇を必死で振り払いました。
こんな闇の中を飛行士は落ちているなんて。いくらアゾット号が優れた戦闘機でも、飛べるはずがありません。
「ど、どうしよう、どうやって助ければいいんだろう」
助けに行かなくちゃと思うパティシエですが。
手に触れた闇の気持ち悪さに、どうしても飛び込む勇気が出ませんでした。