03 呪詛 (1)
クサナギからの退艦命令が下され、勇者たちはデュランダルに乗り移るべく、甲板へ向かいました。
ふらふらのアカネとルリは、リンドウとヒスイが支えて連れて来ました。少し遅れて、ハクトもやって来ます。
でも、カナリアはやってきませんでした。
「おい、カナリアはどうした?」
「いや、実はだね……」
コハクの問いに、ハクトが困惑した顔で答えます。
「医務室で休んでいるので迎えに行ったのだが。黄色い光がカナリアくんを守っていて、近づくことができなかったのだよ」
「黄色い光? おい、なんだよそれ」
「よくわからないね。カナリアくんを守っているのは確かだが」
「ああもう、あいつに聞きたいことがあるのに!」
「聞きたいこと? また、お前は誰か、て聞く気かい?」
イライラした様子のコハクに、リンドウが声をかけます。
天使と行ってしまう直前、コハクはカナリアにそう問い詰めていました。リンドウはそれを思い出したのです。
「それはもう、わかってる。あいつは……シオリだ」
「……は?」
「シオリ、ですか?」
「カナリアが、シオリー?」
「どういうことかね、コハクくん」
アカネ、ルリ、ヒスイ、ハクトの四人が、コハクの答えに驚きました。
ただリンドウは、ふーん、とうなずいただけです。
「やっぱりそうなのか」
「リンドウくん、君も知っていたのかね?」
「いや、ひょっとしたら……て思ってただけ」
「カナリア本人が、自分はシオリだと言っていた、て……シルバーに聞いたんだよ」
それを確かめようと思っていたコハクですが。
肝心のカナリアは眠っていて、しかも黄色い光に守られているといいます。
「カナリアがシオリだって言うのなら、星の宮殿にいるシオリは何なんだ? それを聞きたかったんだよ」
「どっちかが、にせものとかー?」
「どっちがだよ。言っとくけど、星の宮殿にいるシオリは、間違いなく本人だぞ」
「えーと……ハクちゃん、まかせたー」
「ううむ、確かにカナリアくんには、何かありそうだとは思っていたが……」
まさかシオリ本人だとは、さすがのハクトも考えていませんでした。
「考え込んでいる時間は、ありませんよ」
コツリ、と。
硬い足音とともに、優しい声音が響きました。
振り向くと、いつの間にか艦長が甲板に姿を見せていました。戦闘中の厳しい表情ではなく、柔らかい笑顔を浮かべています。
「最後の時が、近づいています」
艦長が、星の宮殿に目を向けました。
光のない、荒涼とした大地に立つ星の宮殿。それを遠くに見て、勇者たちはハッとなりました。
「何か、降っていない?」
そう、星の宮殿に、白い雪のようなものが降り始めていたのです。
「あれ、世界のかけらじゃないですか!?」
「この世界が崩れ始めたのかね!?」
世界が滅び、崩れ去る時に降ってくる「世界のかけら」。それが降り始めたということは、この世界が終わりを迎えようとしている、ということです。
「マレが、シオリを起こしたのかな?」
「さて、どうだろう。なんだか、嫌な雰囲気がするんだがね」
「はい。禍々しいものが立ち上っているような気がします」
「なーんか、ヤバそうだよー」
「行こう。マレが心配だ」
リンドウの言葉に全員がうなずき、そして、艦長を見ました。
「私は、あそこへは行けません」
勇者たちの視線に、艦長は優しい声で答えます。
「行きなさい、勇者たち。魔女マレには、あなたたちの力が必要です」
そして、みんなで力を合わせて。
「私のところへ、シオリちゃんを導いてあげて」
艦長の言葉に、勇者たちはうなずきました。
「アカネくん、ルリくん、行けるかね?」
「もちろん」
「はい。私たちだけ留守番なんてしてられません」
「ケンカは苦手だけど、僕だってやってやるさ!」
「みんな! 気合い入れて行くよ!」
六人の勇者はうなずき合い、ガツン、と拳をぶつると。
「よし、シオリのところへ行くぞ! デュランダルに乗れ!」
コハクを先頭にデュランダルに乗り込み、星の宮殿へと飛び立って行きました。
◇ ◇ ◇
流れ込んできたどす黒い闇の塊が、マレの中に広がっていきました。
苦しくて。
痛くて。
気持ち悪くて。
カラカラで。
熱くて。
悲しくて。
寂しくて。
怖くて。
ありとあらゆる負の感情が、マレの心をむしばんでいきます。
やめてと叫ぶ気力すらもなくなっていき。
なにもかもあきらめて、その苦しみを受け入れるしかないと思い。
悪いのは自分だという、そんな気持ちでいっぱいになっていきました。
「どう、マレ?」
うずくまり、かすかにうめき声をあげるマレに、シオリが問いかけます。
お腹が空いた苦しみが。
殴り飛ばされる痛みが。
薄汚れていく気持ち悪さが。
水すら飲めず、熱があっても放置され。
ただ一人、みじめにうずくまり続けるしかない。
「そんな毎日が続くのよ。ねえマレ、私を助ける、て言った? 私や、スピンや、こよりが、何年かかっても抜け出せなかった地獄から、どうやってあなたが助けてくれるの?」
一度も外に出ていない。
この地獄を、一度も味わっていない。
そんなマレの、何を信じればいいというのか。
「答えてよ。ねえ、答えなさいよ、マレ! その痛みを知ってなお、あなたは私に目を覚ませと言うわけ!? もう一度、あの地獄に戻れと言うわけ!?」
シオリが叫ぶと、マレの中のどす黒い闇が暴れました。
マレは、悲鳴をあげることすらできません。心が、体が、どす黒い闇にむしばまれ、ボロボロになっていくのを感じます。ほんの少し指先を動かすのですら、苦しくてたまりません。
「私が何もしなかったとでも思ってるの?」
動けないマレに、シオリが言いました。
何度も勇気を出した、でもそのたびに叩き伏せられた。
誰も来てくれず、見て見ぬふりをされた。
助けてと言っても聞いてもらえない、聞こえないふりをされるだけ。
助けを求めたって、意味はない。よけいひどい目にあうだけ。
「だから、私はもう眠るの。私の物語は、これでおしまい。別にいいじゃない、大人は私に死んでくれ、て言ってるんだから。私はその望み通り……死ぬだけよ」