02 再会 (1)
「アカネ……マレ……」
静かになったクサナギの艦内に、ルリの声が響きました。
「おケガは……ありませんか?」
「うん」
「大丈夫、だよ」
アカネが目を開き、口元をほころばせます。
マレは体を起こし、心配そうな顔になります。ルリの声が、疲れ切った声だったからです。
「……よかった」
ルリは大きく息をつき、目を閉じました。
「すいません、私……限界です……」
クサナギを、そしてみんなを守り続けたルリ。不時着の衝撃からマレとアカネを守ったところで、力を使い果たしてしまったのです。
「私も……と、言いたいところだけどね」
なかなか起き上がらなかったアカネが、大きく息をついて、体を起こしました。
「最後に、一仕事、だね」
ふらふらと立ち上がったアカネは、ハッチの前で剣を構えました。
エンジンが停止したクサナギは、艦内の機器を動かすエネルギーがなくなってしまいました。ハッチを開けることすらできません。外へ出るには、ハッチを破壊するしかないのです。
「アカネ、無理しないで!」
「大丈夫、マレ。一太刀で……決めるから」
アカネの構えた剣が、ボゥ、と炎に包まれました。
「ほ……むらぁっ!」
最後の力を振り絞った一撃が、ハッチを切り開きました。これで、外へ出られるはずです。
「アカネ!」
アカネが、崩れ落ちるように倒れました。
マレは慌ててアカネに駆け寄り、帽子の中から小さな箱を取り出します。
「アカネ、しっかりして! 魔女の丸薬、まだあるから飲んで! ルリも!」
「それは……君が飲むんだ」
「私たちが飲んだら……マレが回復、できないでしょう?」
魔女の丸薬は、あと二つしかありません。アカネとルリが飲んでしまったら、マレの分がないのです。
「急いで……シオリが、死んでしまう前に」
「叩き起こして……きてください」
そう言って笑顔を浮かべた、二人を見て。
「……わかった」
マレはうなずき、立ち上がりました。
私を、シオリのところへ連れて行って。
その願いを、みんながかなえてくれました。ここでグズグズして間に合わなかったら、みんなのがんばりが無駄になってしまいます。
「引っぱたいてでも、起こしてくるね!」
マレは杖とほうきを手に取ると、アカネが切り開いてくれたハッチから外に出ました。
ヒュウッと、冷たい風がほおをなでていきます。
空には太陽も月もなく、星すら一つも見えません。
地表は見渡す限り岩と砂ばかり、草一本生えておらず、生き物の姿もありません。
まるで、死者の国。
そんな、何もない世界に唯一あるのが、星の宮殿です。
「あれ……だ」
クサナギの左手、遠く離れたところに、建物らしきものが見えました。
その距離、約十キロ。
さえぎるものはありません。一直線に飛べば、あっという間に着くはずです。
フォーン、と大きなエンジン音が響きました。
デュランダルです。
『マレ!』
通信機からコハクの声が聞こえました。
『みんな無事か!?』
「うん、大丈夫。でも、クサナギはもう動かなくなった」
『そうか……わかった、みんなはデュランダルで回収する』
「お願いね。私は、宮殿に行くから!」
マレはほうきにまたがり、ふわり、と浮き上がりました。
『ああ。頼んだぞ!』
シオリを助けられるのは、お前だけだ。
コハクのその声に背中を押され、マレは星の宮殿へ向けて飛び始めました。
やっと来れた。
やっと着いた。
やっと会える。
大好きなシオリにもうじき会える、そう思うと心が浮き立ちます。
でも、油断は禁物です。
シオリは「いばらの壁」を作り出し、すべてを拒絶しました。それを強引に突破して来たのです。もしかしたら、会うなり攻撃されるかもしれません。
(負けない、よ)
マレは魔女の丸薬を取り出し、口の中に放り込みました。
力が回復します。これで、戦いとなってもなんとかなるはずです。
(シオリが神様なら……私は、世界最強の……『世界を滅ぼす魔女』なんだから!)
その名の通り、シオリが作り出したこの夢の世界を滅ぼしてみせる。
そして、大好きな友達を叩き起こして、助けてみせる。
マレは、強い決意とともに、星の宮殿へ飛び込んでいきました。
◇ ◇ ◇
星の宮殿の中央、丸い建物の屋根には大きな穴が空いていました。
内側から突き破られたような、そんな穴です。
マレはほうきに乗ったまま、ぐるりと一周して様子を確認しました。
予想していた攻撃はありません。星の宮殿は──シオリは、沈黙したままです。
「いくよ」
マレはそうつぶやくと、静かに宮殿へ降りていきました。
屋根に空いた大きな穴から、中に入っていきます。最上階の床にも穴が空いていて、さらにその下の階にも穴が空いています。
マレはゆっくりとその穴を降りていき、上から三番目の階で着地しました。
とても広い部屋でした。
真っ暗でよく見えませんが、部屋の奥に大きな何かがあります。目を凝らして見ると、どうやら天蓋付きの立派なベッドのようでした。
「光よ」
マレは杖を振り、明かりを灯しました。
闇が払われ、天蓋付きのベッドが照らし出されます。
そのベッドの上に、抱えたひざに顔を埋めている、女の子がいました。
リボンはしておらず、包帯を巻いています。
エプロンドレスではなく、パジャマを着ています。
顔はひざに埋めたままで見えません。
だけど、見間違えるはずがありません。
一番大好きな友達、シオリがそこにいました。
「……シオリ」
マレは、静かに呼びかけました。
でも、シオリは返事をしてくれませんでした。ひざに顔を埋めたまま、ピクリとも動きません。
「シオリ……私だよ、マレだよ」
マレはもう一度呼びかけましたが、やはりシオリは何も反応してくれませんでした。