01 不時着 (3)
沈黙していたデュランダルが、ぐらりと揺れました。エンジンに火が入り、大砲が動き始めます。
「コハクくん、シルバーくん! 無事だったかね!」
『なんとかな』
返って来たのはコハクの声でした。その声は少し震えていて、ぐすり、と鼻をすする音が続き、ハクトは眉をひそめます。
「コハクくん?」
『なんだよ』
「シルバーくんは……どうしたのかね?」
コハクはすぐに答えませんでした。それが何を意味するのか、わからないハクトではありません。
「……そうか」
グッとハクトは唇をかみました。
「私は、また相棒を見送ることになったか……」
『しんみりしてる暇はねえんだよ!』
ハクトのつぶやきに、コハクが怒鳴り声を返しました。
『絶対に……絶対に、星の宮殿に行くぞ! シルバーからシオリに、預かりものがあるんだ!』
「ああ、行こう!」
『先導する! ヒスイ、ついてこい!』
「あいあいさー!」
デュランダルが浮き上がり、クサナギの前を飛び始めました。クサナギはそれを追って、全速力で飛びました。
その二隻の船を、焼け残ったいばらが追いかけてきて、後ろからぶつかってきます。
「うわわっ!」
「くっ……シオリくん、ちょーっとしつこくないかね!」
ハクトは火器を操作し砲撃しようとしましたが、できませんでした。
「いかん、火器はほとんどが熱でやられたか」
「かまうな!」
あせるハクトに、艦長が命じます。
「全エネルギーを推進機構に回せ! スピードで振り切る!」
「了解。ヒスイくん!」
「おーけー!」
ヒスイが操縦桿を思い切り倒しました。
クサナギのスピードが上がります。追いかけてきたいばらはなんとか振り切りましたが、クサナギ全体がガタガタと震え始めました。
「この揺れは……さすがのクサナギも、限界かね」
『ヒスイっ、エンジン爆発しちゃうよ!』
「そっちでなんとかしてー!」
クサナギは、猛スピードで赤い星に近づいていきました。
ただ赤く見えていた星の大地が見え始めました。その赤道付近に大きな建物が見えてきたとき、コハクから通信が入りました。
『あれだ! あの建物が『星の宮殿』だ!』
「了解、こちらでも確認した!」
ハクトがカメラを操作し、「星の宮殿」を正面パネルに映しました。
四方に塔がある、丸い屋根の建物でした。屋根の一部は壊れていて、大きな穴が空いているのが見えました。
「建物周囲に、目立った障害物なし! 着陸可能!」
「よし、着陸態勢に入れ!」
ハクトの報告に、艦長はうなずき、指示を出しました。
ところが。
「あいあいさー……と、言いたいところだけどー!」
「どうした!?」
「エンジンの出力が下がらないよー!」
ヒスイが叫ぶように答えると同時に、機関室のリンドウから通信が入りました。
『光子エンジン、制御不能! 暴走状態だ! エネルギーの増幅が止まらない!』
『クサナギ、速度落とせ! そのスピードじゃ着陸できねーぞ!』
デュランダルのコハクからも通信が入りました。
「コハクくん、エンジン不調でクサナギはスピードを落とせない! 巻き込まれないよう離れてくれたまえ!」
『なっ……ここまできて、着陸失敗なんて許さねーぞ!』
『マレーっ、増幅魔法を仕込んだレンズ、壊しても大丈夫かい!?』
『流し込むエネルギーを切ってからなら! じゃないと、暴発するよ!』
『あいよ! 魔導エンジン、ディーゼルエンジン停止! パワーユニットも壊すよ!』
ブゥン、という鈍い音がし、続いて機関室で小さな爆発が起こりました。リンドウが、弾薬を使ってパワーユニットを破壊したのです。
『こちら機関室! 全エンジン停止! 光子エンジンは……もう起動できない!』
それは、クサナギがもう二度と飛び立てなくなったことを意味しました。
「了解」
艦長は静かにうなずき、目の前に迫った赤い星を見つめます。
「クサナギはこれより、不時着態勢に入る! 全員、衝撃に備えよ!」
艦長の指示に、勇者たちは急いで準備に入りました。
ヒスイとハクトは、シートベルトをしっかりと閉めます。
リンドウは急いで防護服を身につけ、シートに座ってベルトをつけます。
マレとアカネは、ルリが作った守りの壁の中に入ります。
「よし」
全員の準備が整ったところで、艦長は、最後の指示を出しました。
「降下開始! ヒスイ、何が何でも不時着せよ!」
「うけたまわったー!」
クサナギが、「星の宮殿」目指して降り始めました。
まだかなりのスピードです。本当なら逆噴射してスピードを落とすのですが、エンジンが止まった今、それもできません。
「ふぬぬぬぬーっ!」
大気との摩擦熱で、クサナギの船体が真っ赤になります。重力に引っ張られて、クサナギのスピードはさらに上がります。
「こ……な、く、そーっ!」
ヒスイは、必死に操縦桿を操りました。
ぐんぐんと地面が近づいてきます。角度はバッチリですが、やはりスピードが早すぎます。
「せめて、湖か、海なら、よかったのにー!」
眼下に見えるのは、岩石だらけの乾いた大地。少しでも操作を間違えれば、地面に激突してクサナギはバラバラになってしまうでしょう。
でも、ヒスイなら大丈夫です。
なぜならば。
「僕は、一度だって……不時着に失敗したことはないんだからねー!」
何機もの飛行機を壊し、それでもかすり傷で帰ってきた天才飛行士。
そのまたの名を。
「不時着王、なめんなー!」
ここだ、とヒスイは操縦桿を引きました。
クサナギの船首が地面スレスレのところで浮き上がりました。地面に対し、ほぼ平行。見事な胴体着陸で、クサナギは地面をすべるように着地しました。
ガガガッ、とものすごい衝撃が伝わりました。
岩を弾き飛ばし、土煙を上げ、十キロ近くもすべったのち、クサナギは止まりました。
「どんなもんだい」
ほっと息をつきつつ、ヒスイは笑顔で親指を立てます。
「不時着、成功!」