01 不時着 (2)
「コハ……ク……コ……ハク……」
途切れ途切れの機械音声が、コハクの名を呼びました。
ハッとして、コハクは目を覚ましました。炎からマレたちを守ろうと舵を切り、クサナギの防御壁にぶつかってバランスを崩し……その後、どうなったのかよく覚えていません。
「頭ヲ打ッ……テ、気絶シテ……無事デ、ヨカッ……タ」
「シルバー?」
シルバーは、倒れたコハクをかばうように覆いかぶさっていました。シルバーを見て、コハクはギョッとします。シルバーの胸やお腹が開いていて、中の機械がむき出しなのです。
「おい、お前、中がむき出しじゃねえか」
「体内ノ、冷却……装置ヲ……フル稼働……シマシタ」
むき出しの機械から、冷たい空気が流れてきます。そのおかげで、炎に飲み込まれ高温となった艦橋で、コハクの周囲だけが無事でした。
「アナタヲ、守……ヨカッ……タ」
「おい、シルバー、どうしたんだ、シルバー!」
コハクは慌てて起き上がり、シルバーの背中を見て驚きました。
熱で、ドロドロに溶けてしまっているのです。
「申シ訳、アリマセン……私ハ、ココマデ、ノ、ヨウデス」
「おい、何言ってるんだ、しっかりしろ! すぐにリンドウに直してもらうから!」
「エネルギー、切レ……メモリー、イジ……フカノウ……」
シルバーの目から光が消えていきます。
「バカ、あきらめるな! お前だって勇者だろう!」
「……私モ、勇者、ナノ、デスカ」
「当たり前だ! ここまで一緒に戦ってきたじゃねえか!」
「ソレハ……嬉シイ、デス、ネ」
シルバーは笑いました。
笑ったことに、シルバー自身が驚きました。
(私モ……笑エル、ノカ……)
ただ言われたままのことをやるだけの、意志のない機械人形。
そのはずのシルバーが、笑えたのです。
──お前は、言われたことだけをやればいいんだ!
いつか言われた言葉。
それが正しいと思っていましたが、今は「違う」とはっきりと言えます。
(ソウデス……私ハ、私ノ意志デ……戦ッタ……)
だから笑えるのだと、そう気付いた時。
カチリ、と記憶の鍵が開きました。
──みんなと一緒に、最後の冒険へ。
シルバーにそう願った女の子。
それは、すべてを終わらせると決めた女の子の、とても悲しい願いでした。
(アア、ソウダ……アノ時、ダ)
ですがその女の子は、「世界を滅ぼす魔女」との戦いに敗れ、海に沈むシルバーに告げたのです。
──お願い、力を貸して。
──私は、死にたくない。
(ソウカ……ソウイウコト、ダッタノ、デスネ……カナリアハ、シオリノ……)
やっと思い出せました。
パティシエ・カナリアを連れて旅に出た理由を。カナリアが、シオリという女の子の何なのかを。
(アノトキ、教エテクレテモ……ヨカッタジャ、ナイデスカ)
クサナギで宇宙へと飛び出し、虹色の星へと降下する直前。
カナリアの姿を借りた女の子は、自分はシオリだと告げました。そして、「最後の戦いに勝つために、コハクを連れ戻してほしい」と、シルバーにお願いしたのです。
(マア、イイデショウ……全部、教エラレル、トイウノモ……ツマラナイ)
最初から答えがわかっていては面白くない。
そう考えた自分に、シルバーは驚きます。どうやら、謎解きが大好きなドクター・ハクトに感化されたようです。
「おいシルバー! シルバー!」
沈黙したシルバーに、コハクが慌てて声をかけました。
シルバーは我に返ります。
バッテリーは、残りわずか。話せるうちに、話しておかなければなりません。
「勇者コハク……一番年下デ、一番勇敢ナ、アナタニ……私ノ勇気ヲ……託シタイ」
きらり、と。
銀色の小さな光が、シルバーの胸のあたりから落ちて来ます。コハクをはそれを手のひらで受け止めました。
「シオリニ、届ケテ……クダサイ」
「……わかった」
コハクはグッと歯を食いしばり、うなずきました。
「必ず、届ける」
「アリ……ガトウ……」
シルバーの視界が閉じられました。いよいよ、バッテリーがなくなったようです。次が、最後の言葉でしょう。
「カナリア……ニ……シオリ、ニ、伝エテクダサイ」
暗闇の向こうに、抱えたひざに顔を埋めている女の子が見えました。
言われたことだけをやればいい。
そう言われて、人形になろうとした女の子。でも人形にはなれず、泣いていた女の子。
その苦しみが、アンドロイド・シルバーを「世界の書」の最後の物語に登場させた。
そんな女の子に、どうしても伝えたいこと。
「私ハ、私ノ意志デ戦ッタ。ソレガ……トテモ誇ラシイ……ト」
その言葉を最後に。
シルバーの目から光が消え、完全に停止しました。