01 不時着 (1)
いばらの壁が紅蓮の炎に包まれていくのを、『わたし』はただ静かに見つめた。
何も感じなかった。
悲しいとも、寂しいとも、ごめんねとも。
ただ静かに、空っぽの心で、真っ赤な炎を見つめた。
「……これで、眠れる」
勇者も魔女も、宇宙戦艦クサナギごと燃えてしまった。これでもう『わたし』の眠りを邪魔するものはいない。
お話は終わった。
あとは、『わたし』という人生を終えるだけ。この目を閉じれば、それで終わる。
「おじいちゃん……」
四年前に死んでしまった、おじいちゃん。
漫画や小説やアニメが大好きで、たくさんのお話を聞かせてくれたおじいちゃん。
優しかったおじいちゃんのところへ、どうか行けますように。
そう思いながら、抱えたひざに顔をうずめようとしたとき。
「……え?」
何かが、光った。
見間違いじゃ、なかった。
紅蓮の炎の中を、光が動いているのが見えた。
数万度の炎の中、まっすぐにこちらへ向かってくる、白銀の光が見えた。
「うそ……どうして……」
──なめんな。
驚く『わたし』に、声が届いた。
──勇者、なめんな。
──魔女、なめんな。
──海賊団、なめんな。
白銀の光が、炎の海を突き進んでくる。
その身を焦がし、あちこち焼けただれながら、それでも力強く飛んでくる。
星渡る船。
最後に見た夢の象徴が、『わたし』の望みを絶つためにやってくる。
「宇宙戦艦……なめんなーっ!」
そんな叫び声が聞こえてきたのと同時に。
宇宙戦艦クサナギは、炎の海から脱出した。
◇ ◇ ◇
間一髪で、クサナギは炎の海から脱出しました。
艦橋に警告音が鳴り響いています。
さすがのクサナギも、ダメージゼロではありませんでした。
ですが、今はそれを気にしている余裕はありません。脱出したクサナギを、焼け残ったいばらが追いかけてくるのです。
「ヒスイ、そのまま最大戦速! 速度落とすな!」
「あい、あい、さー!」
艦長の指示に、ヒスイはレバーを引いてエンジンを全開にしました。
『光子エンジン、出力七十パーセントにダウン!』
機関室のリンドウから、怒鳴るような声で報告がありました。
『無茶なワープしたから、限界超えたよ! もうそんなにもたない!』
いばらの壁の中で炎に包まれたとき、クサナギはとっさにワープをしたのです。
すでに二回のワープを行なっています。そこへ、デュランダルを抱えたまま緊急ワープを行なうという無茶をしたせいで、クサナギのエンジンは限界でした。
「あの星までたどり着ければ、それでかまわん!」
リンドウの報告に、艦長は鋭い声で答えます。
シオリがいる「星の宮殿」がある赤い星は、もう目の前です。
「追ってくるいばらをなんとかしなければ。ナギサくん、リョウコくん、フォロー頼む!」
「ハクト、ごめん」
「ドクター、ごめんなさい」
薬師ナギサと看護師リョウコの、申し訳なさそうな声が聞こえました。
ハクトが振り向くと、二人の体が淡く光り、だんだんと薄くなっていくのが見えました。
「僕たちはここまでだ。制限時間つきなんだ」
「最後まで一緒に行けなくて、ごめんね」
「……そうか」
じわり、と目頭が熱くなったハクトですが、親指を立てて笑顔を浮かべます。
「助かったよ。また……会おうじゃないか」
ハクトの言葉に笑顔を浮かべ、ナギサとリョウコは消えてしまいました。
──シオリを、助けてね。
──頼んだよ、勇者ハクト。
「ああ……このマッド・ドクター……いや、勇者ハクトさまに任せたまえ」
ハクトは、ぱん、とほおを叩いて、気合いを入れます。
「ヒスイくん! さあ、行こうか!」
「おっけーっ!」
◇ ◇ ◇
燃え盛る炎からマレたちを守りきった、竜騎士アンジェと大泥棒シルフィ。その二人も「時間切れだな」と肩をすくめます。
「相棒、大詰めだ。きばれよ!」
「姉ちゃん、しっかりね!」
二人はそう言うと、笑顔を残して消えてしまいました。
「シルフィ!?」
「アンジェ……」
──泣かないで、姉ちゃん。
──シオリが助かれば、また会えるさ。
涙をこぼしたルリの心に、シルフィの励ましが届きます。
アンジェの言葉に、アカネは涙をぬぐいます。
猛獣使いナナ、猟師カエデ、聖騎士ナターシャ、召喚士ソフィア……その他大勢の仲間たちも、二人と一緒に消えていきました。
──マレ、シオリに言っといて。
──みんなで冒険するお話、よろしく、て!
──またな!
「うん」
そう、みんなの言うとおりです。
シオリさえいれば、またたくさんのお話が生まれるのです。消えてしまったみんなも、きっと、別の形で会えるのです。
「また……会おうね、みんな」