07 主砲、発射 (4)
※ ※ ※
艦長には、一つの枷がかけられていました。
助っ人であること。
戦い、決断するのは、あくまで勇者と魔女。艦長は、その決断に従って力を貸すことしかできないのです。
自分が武器を手に取り戦えればと、何度も思いました。
最後まで戦い抜いてくれることを、ただ信じるしかありませんでした。
そして、みんなが自分を信じてくれることを、願うしかありませんでした。
そんな艦長に、主砲の発射ボタンが託されました。
勝負を決める最後の一撃を、みんながゆだねてくれたのです。
必ず、照準を合わせてくれる。
艦長は、懸命に戦う勇者と魔女を信じて、微動だにせず待ち続けました。
必ず、撃ち抜いてみせる。
チャンスは一度だけ。
失敗すればすべてがふいになる、そんな重大な役目を託してくれた、その信頼に応えてみせると決意します。
(必ず、助けに行くから)
出現した魔法陣を見すえ、艦長は発射ボタンに手をかけました。
(だからお願い、私を信じて。どうか、その手を伸ばして)
「これで、どうだぁーっ!」
照準の十字線と、魔法陣がピタリと重なりました。
──ウッテ!
途切れ途切れの小さな声が、今だ、と教えてくれました。
その声にうなずいて。
「主砲、発射!」
艦長は迷うことなく、発射ボタンを押しました。
※ ※ ※
四基十二門、クサナギの主砲が同時に火を吹きました。
「主砲、全弾命中ーっ!」
「誤差ほぼゼロ、増幅率最大だよ!」
「よぉしっ!」
誰もが思わずガッツポーズです。
魔法陣の中心に、主砲のエネルギーが吸い込まれていきます。魔法陣を縁取る虹色の光が輝きを増し、吸い込まれた主砲のエネルギーを増幅させていきます。
空間を捻じ曲げてしまうような、巨大なエネルギーが生まれました。
それが光の柱となって放たれ、分厚いいばらの壁を撃ち抜きました。
──きゃぁぁぁぁぁっ!
シオリの悲鳴が聞こえたような、そんな気がしました。
でもマレは厳しい顔のまま、いばらの壁に大きな穴が開いていくのを見つめました。
「シオリ……」
ぽろりと、マレのほおを涙がこぼれました。
悪いのはシオリです。
だけど、大切な友達を全力の一撃でぶっ飛ばすしかなかった、そのことが悲しくて仕方ありませんでした。
「ばか……シオリのばか。私がどれだけ怒ってるか……思い知った?」
今から、そこへ行くからね。
構えた杖を静かに下ろし、マレは、いばらの壁に開いた大穴の向こうに見える、赤い星を見つめました。
◇ ◇ ◇
「赤い星、見えたよ!」
いばらの壁を撃ち抜いた、主砲のエネルギーが消えると、いばらの壁の向こうがに赤い星が見えました。
それを見て、艦長はうなずきます。作戦は成功しました。ですが戦いが終わったわけではありません。艦長はマイクを取り、鋭い声で指示を出します。
「各部状況を確認! 船外にいる者は、急いで艦内に戻れ! デュランダル、そちらに被害はないか?」
『主砲発射ノ衝撃デ、軽微ナ故障発生。航行ニ支障ハ、アリマセン』
『こちら機関室、魔導エンジン・ベータは出力八十パーセントに低下。その他は大きな異常なし!』
『艦載機、全機健在! ただし、ほとんどの機体が弾切れだよ』
次々と各部署から報告がありましたが、大きな損害はないようです。
艦長は、よし、とうなずき、ヒスイに命じます。
「船外にいる者が戻り次第、発進する! いばらが再び閉じる前に抜けるぞ!」
「あいあいさー!」
「操艦支援機能、防御モードで再起動! 急げ!」
「うむ、了解……」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
ハクトが艦長の指示に答えようとした、その時でした。
艦内に警報が鳴り響き、緊急事態を告げました。何事かと、ハクトが大急ぎでキーを叩き、「なっ!?」と大声をあげます。
「何事か!」
「船外に火災発生! いばらの壁全体に燃え広がっている! まずい、このままでは船ごと丸焼けだ!」
「船外の者、急げ! デュランダル、クサナギに構わず離脱しろ!」
『バカ言うな、このままじゃマレたちが丸焼けだ!』
コハクの怒鳴り声が響くと同時に、デュランダルが動き始めました。
艦内へ急ぐマレたちを、少しでも守ろうとしているようです。
「防御壁、最大出力! 甲板にいる者を守れ!」
「了解……くそっ、間に合え!」
炎が、猛スピードで広がっていきます。まるで枯れ草に火を放ったような、そんな勢いです。
「この火災……まさか、シオリくんか!?」
増幅されたクサナギの主砲のエネルギー。
それは、月を貫くほどの巨大なエネルギーです。そのエネルギーが、いばらを燃やすために利用されたとしたら、どうなるか。
「そんなバカな、と言いたいところだが……」
ドォン、という大きな音ともに、クサナギの周囲が炎に包まれていきます。
「シオリくん……君は今……神様、だったね」
これがシオリの答えでしょうか。
全力でぶっ飛ばす──マレの、ありったけの気持ちを込めた一撃は、届かなかったのでしょうか。
「クサナギ、緊急発進!」
艦長の号令とともに、クサナギが動き始めます。
「艦内の温度、急速に上昇! リンドウくん、冷却装置をフル稼働してくれたまえ!」
『もうやってるよ!』
「くっそー! 火の回りが早すぎるよー!」
「クサナギ全体が火に包まれた! これは……まずい!」
『ヒスイ、もっとスピードあげて!』
「もう全速力だってばー!」
間に合うか。
それとも、炎に飲み込まれて、溶けて消えてしまのか。
「最後の最後まで、あきらめるな! お前たちは、勇者だろう!」
艦長の、その声が響いたとき。
勇者と魔女を乗せた、宇宙戦艦クサナギと海賊船デュランダルは、燃え上がるいばらの炎に飲み込まれてしまいました。
第7章 おわり