07 主砲、発射 (3)
魔法に集中していたマレの耳に、みんなの声が届きました。
みんなが、マレを守るために戦ってくれているのを感じました。
大丈夫。
絶対に大丈夫。
みんなが守ってくれるから、私は絶対に大丈夫。
(もっと魔力を……クサナギの主砲に負けない、強い魔法陣を!)
ありったけの魔力をかき集めて。
ありったけの想いを魔力に込めて。
すべての力を、この魔法に集中する!
(さあ、行くよ!)
かき集めた膨大な魔力がマレを包み、ふわりと体を浮き上がらせました。
準備は完了です。
マレは掲げた杖を握りしめ、朗々と魔法の呪文を唱え始めました。
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天に時あり
地に利あり
人の和をもて、それつながん
√
「船首の魔力反応増大! マレ、呪文詠唱始めたよーっ!」
「作戦、最終フェーズに入る!」
リョウコの報告を受け、ハクトは素早くキーを叩きます。
正面パネルに、十字の線が映し出されました。その線の交点が、クサナギの船首から二百メートル先に合わされます。
「主砲、発射中止! 照準を交点に合わせ、エネルギー最大まで充填して待機!」
「防御壁、主砲周囲に集中展開する。艦載機はクサナギを守ってほしい」
『了解!』
ナギサの指示に、艦載機から返事がありました。
「その声……ミーコ!?」
『あっはっはー、久しぶりだね、ヒスイ』
鳥人族のミーコ。美しい翼を持つ、半妖半人の女の子です。
彼女もまた、海賊団のメンバーです。いつのまに艦載機に乗り込んだのでしょうか。
『クサナギは、あたいたちが守る! 大船に乗った気持ちでいな!』
「いやー、実際クサナギ、大船だしねー」
『あんたね……ま、いいや。さあて、いくよ、みんな!』
おう、と答える声に続いて、艦載機がクサナギの周囲に展開します。
√
時、流れ流れて、天満たせ。
満ち満ちたる時の流れ、雫となりて降り注げ
降り注ぐ雫よ地を穿て
穿ち穿ちて川となり、流れ流れて地を潤せ
√
マレの呪文が続きます。膨大な魔力が練り上げられていき、巨大な魔法陣を形作り始めます。
それを見て、いばらの攻撃がいよいよ激しくなりました。
「押し返せぇーっ!」
アカネが先陣を切っていばらを焼き払い、アンジェたちが続きます。
「マレのところには、行かせません!」
ルリの祈りが、青い光となってマレを守ります。必死で祈るルリを、シルフィたちが守ります。
「シオリくんも必死か。しかし、負けるわけにはいかないね!」
猛攻を続けるいばらを、ハクトが巧みに火器を制御して撃退します。
ですが、なんとか撃退できているものの、もはや手一杯です。最後の一撃、主砲の制御はできそうにありません。
「いや、主砲の発射は……」
ハクトは急いでキーを叩き、コントロールを変更しました。
「艦長! 主砲の発射ボタン、お任せする!」
勇者と魔女と星渡る船。
その全てを指揮する、ただ一人の大人、艦長。
この人以外に、この一撃を託せる人はいません。
「艦、正面に魔法陣が出現する! その中央を撃ち抜いてほしい!」
「了解した」
艦長は、ハクトの声に力強くうなずきました。
艦長席のパネルを操作すると、主砲の状況が映し出されます。
主砲、四基十二門。
すでにエネルギーは充填済、いつでも発射できる状態です。
「主砲は位置を固定、ヒスイくん、船全体を大砲と考えて、姿勢を制御してくれたまえ!」
「あいあいさー!」
「ハクト、出るよ!」
クサナギの正面に光が生まれました。
光は、大きな円となって広がっていきます。まるで大きなレンズのようです。
√
人よ地に立ち、その利を受けよ
利は理となりて、扉を開け
巡れ巡れ、人の世よ
絆を紡ぎ、地を耕せ
時を紡ぎ、天を仰げ
紡ぎし絆、実りとなって地を覆え
紡ぎし時よ、天に帰りて力となれ
√
光のレンズが形となっていきます。
レンズの縁が虹色に光り、魔法陣を描いていきます。
「魔法陣、まもなく出現! 直径およそ百メートル!」
「四時の方向、いばらの束が急速接近してきますー!」
リョウコの叫びが終わるやいなや、クサナギに衝撃が走りました。
「きゃぁーっ!」
「ぬうぅっ!」
マレを邪魔できないなら、クサナギを邪魔する。
そんな思いを感じる、強烈な一撃でした。
「いかん、射線がずれた!」
出現した魔法陣と、主砲の射線がずれてしまいました。このままでは、主砲を撃っても魔法で増幅することができません。
「ドクターッ、呪文が終わっちゃいますよー!」
「呪文完成後、魔法陣が維持されるのは三十秒足らず。押し返せなければまずい」
「いまさら砲塔を旋回させられない! ヒスイくん、なんとか押し返してくれたまえ!」
魔法陣が消える前に姿勢を戻し、真ん中を撃ち抜けなければ、作戦は失敗です。
「こなくそーっ! 戻れぇぇぇぇっ!」
ヒスイが必死で戻そうとしますが、いばらが猛烈な力で押してきます。艦載機が援護射撃をしましたが、いばらもまた次々と押し寄せてきて、クサナギを押し流そうとします。
√
和よ輪となって、天巡れ
和よ輪となって、地に実れ
人よつなげ、天と地を
連環の輪を、ここに描け
天の時、地の利、人の和よ
巡る輪となり、力を増やす陣となれ!
√
(大丈夫!)
いばらの猛攻撃を受けて、クサナギが揺れています。マレの魔法陣とクサナギの船首がずれていて、このままでは主砲が魔法陣を撃ち抜けません。
ですが、マレはみんなを信じました。
(クサナギは、絶対にこの魔法陣を、撃ち抜いてくれる!)
呪文が終わりました。マレは、掲げていた杖を力強く振り下ろします。
「出でよ、増幅の陣!」
杖から放たれた魔力が、光のレンズに注ぎ込まれます。
光のレンズが三つの輪を描き、その中にくっきりと魔法陣が描き出されました。
「魔法陣出現! 射線、右に二十度ずれてますー!」
「ヒスイくん!」
「このぉぉぉぉっ! リンドーッ!」
『よっしゃぁっ、ヒスイ!』
押し返せないのなら、いなして受け流せ!
リンドウとヒスイは、同じことを考え、同時に動きました。
「どおりゃぁぁぁっ!」
ヒスイが大きく操縦桿を倒し、クサナギを傾けます。
押し寄せていたいばらが、ずるりとすべって流れていきます。
『ほいさぁっ!』
間髪入れずにリンドウがエンジンの出力を調整、いばらとともに流されそうになったクサナギを立て直します。
「これで、どうだぁーっ!」
受け流されたいばらが戻るより早く、ヒスイが操縦桿を戻しました。クサナギの船体がいばらの上を滑り、船首が左へと動くと。
正面パネルに映った十字線が。
魔法陣の中心と、ぴたりと重なりました。