05 つらぬく光 (2)
魔女が大きく杖を振ると、空の雲がものすごい勢いで流れ出しました。
風が吹き、海面が再び荒れてきます。ゴボリ、と海底から泡が立ち、その泡の中からあの闇の穴が再び現れました。
「アンドロイドくん、一斉射撃!」
「巫女、つかまれ!」
医者の指示でアンドロイドが大砲を放ち、祈り続けていた巫女を守るべく剣士が抱き着きます。
「このおっ!」
飛行士はデュランダルを守るべく、墜落覚悟で魔女に突進しました。
「パティシエ、代われ!」
「う、うん!」
応急処置を終え、海賊が足を引きずりながら立ち上がりました。
パティシエが舵輪から手を離し、代わって海賊が舵輪を握ります。
「……もういい。沈みなさい、デュランダル」
魔女が静かに杖を振りました。
キィーンという耳鳴りがし、魔女を中心にものすごい力が放たれました。
「うわぁっ!」
アゾット号が、見えない何かに阻まれてはじき返されました。
「うぬっ!?」
「きゃっ!」
ドンッ、と。
上から押さえつけられるような力が、デュランダルに降ってきます。
静まりかけていた海に、さきほどの何倍も大きな渦が生まれました。激しい流れとなって、巨大なデュランダルを引きずり込み始めます。
「くそっ……たれがぁー!」
デュランダルが、大きく揺れました。
その揺れに踏ん張り切れず、パティシエが、ぐらりと体勢を崩しました。
「あっ……」
海賊と交代するため、舵輪から手を離していたパティシエ。
他のみんなは何かにつかまっていましたが、パティシエだけは何にもつかまっていませんでした。
だから、デュランダルがさらに傾いたとき、パティシエは止まることができませんでした。
「パ……パティシエーッ!」
海賊が叫ぶ声を聞きながら。
パティシエは、真っ逆さまに嵐の海へ落ちていきました。
◇ ◇ ◇
海へ落ちたパティシエは、あっという間に渦に引きずり込まれました。
「うわっ……うぷ……た、たすけ……て……うぷっ……」
巨大なエンジンを積んだデュランダルですら引きずり込まれるのです、パティシエが必死で泳いでもどうにもなりません。前後左右からの激しい流れに、パティシエは海の中で何度も転がされ、自分がどっちを向いているのかすらわからなくなりました。
パティシエは、どんどん渦の中心へと近づいていきました。
そこにあるのは闇でした。月のない夜よりも暗く、深い森の奥よりも不気味です。一度飲み込まれたら二度と戻ってこれなくなる、そんな気がしました。
(消えちゃうの……かな……)
闇を見てそう考え、とても怖くなりました。消えてしまうのは、死んでしまうより、もっと恐ろしいことのように思えました。
パティシエは必死であがきましたが、強い流れに押し流されるだけです。
(もう……だめ……)
パティシエがあきらめて、目を閉じようとしたときでした。
──消えないよ。
どこからか、また声が聞こえました。
パティシエはハッとなって目を開けました。
その声は、白い光が渦を撃ち抜く前に聞こえた、あの声と同じような気がしました。
ですが、どこを見ても誰もいません。いったい誰なのでしょうか。
──消させない。君たちだけは、絶対に消させないよ。
ゴボリ、と闇の底で何かが動きました。
光です。
小さな光が、ものすごいスピードで昇ってきます。その光の正体に気づいて、パティシエはとても驚きました。
(竜!?)
悪いドラゴンではなく、細長い体の、神様の竜です。
青い竜を先頭に、四体の竜が闇を昇ってきます。小さいと思っていたのは遠かったからで、近づいてくると、それがとても大きな竜だとわかりました。
闇が、ずるりと動きました。
まるで竜が昇ってくるのを止めようとしているみたいでした。四体の竜はうなずきあい、大きな声で吠えると、行く手を阻む闇に体当たりをしました。
闇と竜が激突し、海がドンッと揺れました。
最初に青い竜が、次に黒い竜が、そして赤い竜が激突したところで闇がひび割れました。最後に激突した白い竜が闇を打ち砕き、そのまま海の上へ飛び出していきました。
(えっ……)
パティシエは驚きました。
海の上へ飛び出して行った白い竜以外の竜が、そのまま力を失い沈んでいくのです。あんなに強そうな竜が、どうしてたった一度でと、信じられない思いでした。
それほどまでに魔女の力は強いのでしょうか。
最初にぶつかった青い竜が沈んでいきます。黒い竜は青い竜を助けようとしましたが、やはり力を失っていて、青い竜を追うように沈んでいきました。
そして赤い竜は、海を漂うパティシエを見つけると、優しい目になりました。
──あとは、頼むぞ……小さな勇者よ。
(だめ、行っちゃだめ!)
沈んでいく竜を見て、パティシエは思わず叫ぼうとし、ゴボリ、と海水を飲んでしまいました。




