06 勇者、集結 (1)
嘘をついているのは、シオリ。
マレを「世界を滅ぼす魔女」に仕立て上げ、天使と戦わせたのもシオリ。
すべては、シオリの望み──「もう死にたい」という望みをかなえるため。
「……」
シルバーの話を聞いて、コハクはしばらく無言でしたが。
「はっ……そういうことかよ」
つぶやくように言うと、コハクは乾いた笑い声を立てました。
「そうか、シオリはもう……とっくにあきらめてたのかよ」
もういい。
どうにもならない。
ゆっくりと眠りたい。
口を開けばそんなことばかり言っていたシオリ。なんとか励まそうとしましたが、悲しげな笑顔を浮かべるだけ。
もう死にたい。
それがシオリの望みだとシルバーに言われ、コハクは「ああ、そうだったのか」と納得してしまいました。
「ちくしょう……」
ポロポロと、コハクの目から涙がこぼれました。
俺が、全部終わらせて来てやる。
そう言って「星の宮殿」を飛び立ったコハクですが、それは無理だったのです。
『海賊コハクの航海日誌』
神様・シオリが生み出した、コハクが主人公の世界。
その世界が終わった時にコハクの出番も終わっていて、コハクにできることはもうなかったのです。
なんとなく、わかっていました。
世界の果てに向かって航海していた、あの頃のシオリはもういないのだと、薄々気づいていました。
だけど、認めたくなかったのです。
シオリはきっとまた、冒険に行きたいと言い出すはずだと。そう信じていたかったのです。
「やっぱ俺じゃ、ダメだったのかよ……」
会いに行ったのがコハクではなく、マレだったら違ったのでしょうか。
「世界の書」を一緒に書いたという、シオリにとって特別な存在であるマレなら、シオリを勇気づけることができたのでしょうか。
「イイエ、ソレハ違イマス」
泣きじゃくるコハクに、シルバーが言いました。
「マレダケデハ、ダメダッタ、デショウ」
マレは、希望の光。あきらめてはいけないと、シオリに教えるための存在。
そして、もう一度立ち上がる力をシオリに与えるのは、コハクたち勇者の役目。
「シオリヲ、絶望カラ救イ出シ、勇気ヅケルタメニハ、全員ガ必要ナノデス」
シルバーが手を差し出しました。手の上に光が生まれ、その中に何かが見えてきます。
それは、一冊のノートでした。
光の中で、ノートの最後のページが開かれます。そこに書かれた文字を見て、コハクは目を見張ります。
もう死にたい。
と
死にたくない。
同じ筆跡で書かれた、二つの望み。
「この……字……」
コハクは息を呑みました。
「星の宮殿」のシオリの部屋に散乱していたノート、そこに書かれていた筆跡と、全く同じなのです。
「確カニ、シオリハ、深イ絶望ニ、トラワレテイマス」
「もう死にたい」という悲しい望みは、その表れ。
でも同時に、シオリは「死にたくない」という言葉も書いているのです。
「ソレガ意味スルコトハ、タダヒトツ。シオリハ、マダ完全ニハ、アキラメテ、イマセン」
シオリが本当にあきらめているのなら、宇宙戦艦クサナギは生まれなかった。
勇者がクサナギに乗って、飛び立つこともなかった。
「勇者コハク。シオリノ海賊団デ、最モ勇敢ナ女ノ子。ドウカ、シオリニ、チカラヲ貸シテクダサイ」
「お前……何者なんだよ。なんでそんなこと、知ってるんだよ」
コハクは目を丸くしながら、シルバーに問いかけました。
天使によって作られた、たくさんのアンドロイドの中の一体。
そのはずなのに、どうしてシルバーは、そんなことを知っているのでしょうか。
「本人ニ、教エラレマシタノデ」
「は……本人?」
本人とは、シオリのことでしょうか。
いったいシルバーは、いつシオリと会ったのでしょうか。
「アナタモ、会ッテイマスヨ」
「そりゃ、俺は『星の宮殿』に行ったから……」
「ソウデハアリマセン。モット、ズット前ニ。勇者ノ船団ノ一員トシテ、航海ニ出タトキニ」
「勇者の、船団……?」
あの日、海賊船デュランダルに乗り込んだのは、コハクを入れて六人。
剣士・アカネ。
巫女・ルリ。
飛行士・ヒスイ。
医者・ハクト。
そして……パティシエ・カナリア。
「ま……さか……」
コハクは、はっとしました。
お話の世界と一緒に、消えてしまったカナリア。
もう二度と会えない、そう言われていたはずなのに、帰ってきた女の子。
「カナリア……が?」
ガシャン!
大きな音がして、デュランダルの装置が動き始めました。何事だと、シルバーに目で問いかけましたが、シルバーも驚いています。
「通信回線ガ、強制的ニ、開カレタヨウデス」
「通信回線?」
いったい誰がと、コハクが眉をひそめた、そのときです。
『勇者の、みんなぁぁぁっ!』
マイクから、大きな叫び声が聞こえてきました。
その声、カナリアです。
『がんばれぇぇぇーっ!』
ありったけの思いを込めた、カナリアの声が、コハクの体を貫きました。
ドクン、とコハクの心臓が脈打ち、全身がカアッと熱くなりました。カナリアのたった一言が、くじけかけていたコハクの心を奮い立たせました。
「カナリア、どうした!? 何があった!?」
コハクは大声で呼びかけましたが、返事はありません。こちらからの通信は、届いていないのでしょうか。
「ちっ……くしょぉっ!」
カナリアはどうして、あんな必死な声で叫んだのでしょうか。
ひょっとして、クサナギはピンチなのでしょうか。
もしかしたら仲間たちはやられてしまい、カナリアが一人で戦っているのでしょうか。
「コハク、アレヲ!」
シルバーが指差す先に、虹色の光が見えました。
その方向、間違いありません、シオリがいる「星の宮殿」がある赤い星と、同じ方向です。
「クサナギ……か?」
「オソラク」
コハクは、赤い星が見えなくなっていることに気づきました。
赤い星を、何かが隠そうとしているようです。それが、シオリのところへ向かっているクサナギを邪魔しているのかもしれません。
虹色の光は、まもなく消えました。
どうするか、なんて迷うことはありません。
コハクは三角帽子を被りなおすと、舵輪に駆け寄り、しっかりと握り締めました。
「シルバー……行くぞ!」
「了解デス!」
フォォォーンと、デュランダルのエンジンがうなりを上げ始めました。
「全機関、問題ナシ。出航準備完了デス」
「よっしゃぁ、デュランダル、発進!」
コハクの勇ましい声とともに、デュランダルが動き始めました。
「待ってろよ、すぐに、行くからな!」
勇者のみんな、がんばれ。
それが、望みだというのなら。
まだ、あきらめていないというのなら。
「約束通り、俺が絶対にお前を守ってやるからな!」