05 魔女、復活 (2)
『小細工しても、無意味なの』
「無意味? なぜかね?」
『今この世界で、シオリは神様だから。こっちが何をやろうとしているか、全部筒抜けだよ』
だから、手の込んだ作戦を練ったところで、無意味。
マレの説明に、ハクトは「ううむ、そういうことか」とうなります。
『だから、小細工はしない。真正面から、全力の一撃でぶっ飛ばしてやるの』
「ふむ」
艦長が、指先でコツコツと机を叩き始めました。
マレの提案は、とてもシンプルでわかりやすいものです。作戦を立てなくても、すぐにできそうな気がします。
でも、本当にそうでしょうか。
「マレ」
艦長がマレに問いかけました。
「一つ聞きたい。増幅の魔法は、艦内からでも使えるのか?」
『ううん。外に出ないとダメ』
艦長の問いに、マレは首を振りました。
増幅の魔法は、例えるなら虫眼鏡のようなもの。魔力で描いた魔法陣に、増幅させたいエネルギーを流し込むことで効果を発揮します。
クサナギの主砲のエネルギーを受けるのなら、艦外に魔法陣を作る必要があります。
ですが、クサナギの分厚い装甲は、魔力のほとんどを遮断してしまいます。艦内で魔法を使っても、ちゃんとした魔法陣はできないでしょう。
『それに、クサナギの主砲は、けた違いのエネルギーだから。中途半端な魔法陣じゃ消し飛ばされちゃう』
さらに言えば、魔法陣はマレから離れるほど力が弱くなります。
『たぶん、二百メートルぐらいが限界。それ以上離れたら、一気に力が落ちる』
「いやいや、ちょっと待ってくれたまえ、マレくん」
マレの話を聞いて、ハクトが猛スピードでパネルを叩き始めました。
「主砲四基の砲撃を受けられて、なおかつ二百メートル以内となると……ここで魔法を使わないとダメじゃないか」
パネルにクサナギの全体図が映し出され、マレが魔法を使う位置が赤い光で示されました。
そこはクサナギの船首、しかも先端の部分です。一番近い出入口からでも、三百メートルはあります。
「今はクサナギの全エネルギーで防御壁を作って、いばらを防いでいる状態だ。だが、主砲を撃つとなると、エネルギーを回す必要がある。どうしても防御壁は弱くなり、いばらに突破される可能性が高くなる」
「シオリは、こっちが何をする気かわかってるんだよね? なら、いばらはマレを攻撃するんじゃない?」
「そんな、危険です!」
アカネの言葉に、ルリが顔を青ざめさせました。
「いばらに触られたら、体から力が抜けて、起き上がれなくなりました。甲板に出て巻きつかれたら、どうなるかわかりません!」
「そのまま連れ去られたら、助ける方法がないよー!」
『クサナギの莫大なエネルギーですらゼロにされたからね。いくらマレの魔力が大きくても、危険だ』
「それに、呪文を唱える時間も必要だ。私も危険だと思うね」
別の方法を考えよう。
マレを心配して、みんながそう言いました。でも、マレは首を振ります。
『もう時間がないの。シオリは、ここで時間を稼ぐつもり。ぐずぐずしていたら、シオリのところにたどり着けない』
マレはそう言って、まっすぐに艦長を見つめました。
『艦長、お願いします。やらせてください!』
艦長は何も言わず、マレのまっすぐな視線を受け止めました。
コツ、コツ、と艦長の指先が机を叩きます。
マレは何も言わず、艦長の言葉を待ちます。
「……いいだろう」
長い沈黙の後、艦長はコツリと机を叩き、うなずきました。
「マレ、君の提案を採用する」
「艦長!」
驚く勇者たちに、艦長は鋭い眼差しを向けました。
「危険かもしれない。だが、手をこまねいていては、いばらの壁の中で立ち往生している間に時間切れとなる」
忘れるな。
この船は、シオリが生きている間に、「星の宮殿」にたどり着かなければならないのだ。
「……」
艦長の言葉に、勇者たちは何も言い返せません。確かに、艦長の言う通りです。ぐずぐずしている暇はないのです。
「ただし。マレ、君を一人で行かせるわけにはいかない」
艦長は勇者のうちの二人──アカネとルリに目を向けます。
「アカネ、ルリ。両名は妖精たちとともに部隊を編成、マレを護衛せよ!」
「了解!」
「了解です!」
アカネとルリが席を立ち、艦長に敬礼しました。二人のそばにいた、赤と青のツナギを着た妖精たちも、勇ましい声を上げて敬礼します。
『ま、待って、艦長!』
マレは慌てて声をあげました。
『危険よ! 私なら大丈夫、魔法でいばらは防げるから! 砲撃の間も、船ごと守れるから!』
「確かに、君の魔法は強力だ。だが、一人で行くというのは認められない」
艦長はきっぱりと首を振りました。
「危険な目にあうのは自分一人でいい。その考えは、やめなさい」
『で、でも!』
『マーレ、あんた、また一人で行こうってのかい?』
マレが艦長に反論しようとしたところで、リンドウが口をはさみました。
『そんなに私たちが、頼りないかい?』
『ち、違う、そうじゃなくて!』
『ああ、わかってるって。私たちを心配してくれてるんだろ? でも、約束しただろ?』
私を、シオリのところへ連れて行って。
手を差し伸べた勇者たちに、マレは泣きながら頼み、勇者たちは「まかせておけ!」と答えたのです。
『その約束は、きっちり果たす。それに、あんたにはシオリとの決戦があるんだ。力はできる限り温存しな』
「そうだよ、マレ。私が道を切り開くから」
「守りなら、私にお任せください、マレ」
アカネが剣の柄を叩けば、ルリはペンダントを掲げます。
「それに、全力の一撃でぶっ飛ばしてやる、なんてさー」
「うむ、マレくんらしくない言葉だね。ふっふっふ、マレくんも、今回ばかりは頭にきたとみた」
ヒスイが親指を立ててウィンクし、ハクトは腕を組んでうなずきます。
『あー、とうとうマレを怒らせたか。ま、私もけっこう頭にきてるけどね』
「私もだよ」
「すいません、私もです」
「んじゃ、僕もー」
「当然、私もだ」
口々にそう言った後、勇者の五人は、声をそろえて言いました。
「マレ、みんなで一緒に、ぶっ飛ばしてやろう!」
『……うん』
じわっと目頭が熱くなりました。
マレは顔を上げ、深呼吸をして気持ちを落ち着けます。
よかった、みんなと一緒で、本当によかった。
みんなと一緒なら、勇気百倍です。さすがは勇者、勇気ある者です。みんなの言葉に勇気がわいてきて、マレの体に力がみなぎってきます。
『艦長……わかりました。みんなと一緒に、行きます』
マレの言葉に、艦長は静かにうなずきました。
「艦長、いばらはマレの他に、主砲も狙ってくると考えられる。こちらの防衛も必要だ」
ハクトの提言に、艦長はうなずきました。
「ならば、航空隊員を中心に、防衛部隊を編成せよ! 行けるな?」
「ピィッ!」
突然の指名でしたが、緑のツナギを着た妖精たちは、「まかせろ!」と胸を叩きました。
シルバーが艦載機を引き連れて行ってしまったため、やることがなくてくすぶっていたのです。全員、大張りきりです。
「では、いくぞ! 総員、準備に取りかかれ!」




