05 魔女、復活 (1)
闇を貫いて、カナリアの声が聞こえてきました。
気のせいなんかではありません。はっきりと聞こえる、大きくて力強い声でした。
がんばれ。
そのたった一言が、マレに力を与えてくれました。
呼吸が落ち着きます。体の痛みが引いていきます。のどの渇きも、熱も、疲れも、すべてが溶けるように消えていき、意識がはっきりとしてきます。
まさに、魔法の言葉です。
──マレ。
たどたどしい声が呼びかけて来ました。
──タノンダ、ヨ。
「まかせて」
呼びかけに応えたマレの頭に、たくさんの情報が流れ込んできました。
天使と、天使率いるアンドロイド軍団との激闘。
クサナギの行く手をさえぎる、巨大ないばらの壁。
ようやく姿を見せたシオリの、憎しみに満ちた声と表情。
それでも、ひるむことなく進んでいく宇宙戦艦クサナギ。
いばらに力を吸い取られ、でもカナリアの応援で力を取り戻し、再び立ち上がって戦い続ける勇者のみんな。
「みんな。ここまで連れて来てくれて、ありがとう」
マレはゆっくりと目を開きました。
私を、シオリのところへ連れて行って。
その頼みに応えるために戦い続ける仲間たち。これ以上傷つけさせるわけにはいきません。
「みんなは、私が守るからね!」
ピピピッ、と電子音が響きました。
HP 600/600
MP 979/979
医療用カプセルのモニターに、そんな数字が映っています。
全快です。
世界一の魔女が、完全復活したのです!
「みんな……大丈夫だよ」
みんなに届くよう、魔力を込めて言葉を発すると、マレは手を伸ばしました。
(来い)
マレが念じると、机の上に置いていた杖がふわりと浮き、マレのところへ飛んできました。
杖を握りしめ、マレは魔力を込めて呪文を唱えます。
「女王の息吹、煌めく光となりて吹き荒れよ!」
魔力が虹色の光となり、クサナギの中を満たしていきます。魔法で作り出された氷の霧が、クサナギの中を埋め尽くしていたいばらを、あっという間に凍らせてしまいます。
「砕けよ!」
カッ、と虹色の光が弾けました。
凍ったいばらが砕け散り、光となって消えました。これでもう、艦内は安全です。
さらに、マレは杖を一振りします。
魔力が風となって機関室へと向かい、増幅レンズが仕込まれたパワーユニットへ流れ込んでいきます。
『な、なんだぁ!?』
パネル越しに、リンドウが驚く声が聞こえてきました。
マレの魔力で強化されたパワーユニットが、魔導エンジンのエネルギーを一気に増幅させます。あっという間に、光子エンジンの起動に必要なエネルギーが貯まりました。
「これで『星渡る船』……クサナギも、復活だよ」
マレのつぶやきに、応える声はありませんでした。
遠く離れた「星の宮殿」にいるシオリ。でも、この世界の「神様」であるシオリに、マレのつぶやきが聞こえていないはずがありません。
きっと、聞いているはずです。だからこそ、マレははっきりと告げました。
「シオリ。私、怒ったからね」
マレは顔を上げました。
そうです、マレはとても怒っているのです。
海賊団の、大切な仲間たちを傷つけたことを。
二人の夢の象徴「星渡る船」を、「ぶっ潰す」なんて言ったことを。
そして何より。
マレにとって一番大切な友達、シオリ自身が、自ら死を選ぼうとしていることを。
「シオリ、言ってたよね」
──私を叱ってもいいんだからね。
マレに甘えてわがままを言い、聞き入れられないと怒ったシオリ。
でも我に返ると、シオリは謝りながらマレにそう言いました。
そうです、シオリの言う通りです。
友達だからこそ、悪いことをしていると思ったら、ちゃんと注意し、叱るべきなのです。
「行くからね。絶対に、シオリのところに行くからね」
会ったら、思い切り叱ってあげる。
でもその後で、大好きだよ、て抱きしめてあげる。
そして。
「目を、覚まさせてあげるからね」
◇ ◇ ◇
「エネルギー充填率百パーセント! リンドウくん、光子エンジン起動可能だ!」
『エンジン、点火するよ!』
「よしきたー!」
光子エンジンがうなりをあげ始めました。クサナギにエネルギーが満ちて生き、全ての機能が復活します。
「コントロール確認! クサナギ、制御できるよー!」
「艦長! クサナギ、発進可能!」
ハクトの報告に、艦長はうなずき、鋭い声をあげました。
「クサナギ、発進!」
号令一下、クサナギが再び動き始めました。巻きついて動きを止めようとするいばらを引きちぎり、行く手をさえぎるいばらを体当たりで押しのけて、クサナギは前へと進みます。
なんとか危機を乗り越えました。
でも、クサナギはまだいばらの壁の中です。
一度は退けたとはいえ、いばらはクサナギを追い続けています。少しでもすきを見せれば、また艦内に侵入してくるでしょう。
「どうにかしていばらの壁を突破しないと、ジリ貧だね」
『みんな』
さてどうしたものかと、ハクトが首をひねった時、通信機から呼びかける声が聞こえました。
「マレくんか!」
ハクトがキーを叩くと、正面パネルにマレの姿が映りました。
もう着替えを済ませていて、いつものとんがり帽子に黒いワンピース姿です。思いつめたような表情が晴れ、力強い目をしています。
「よかった、もう平気そうだね」
『うん』
ハクトの言葉にうなずくと、マレは視線を上げました。
視線の先にいるのは、白い軍服姿の、艦長。
大人がいないはずのシオリの世界に現れた、唯一の大人。
『艦長』
必ずシオリを助ける──そう言ってくれた人をまっすぐに見て、マレは口を開きました。
『いばらの壁を突破する、案があるの。聞いてもらえますか?』
「伺おう」
艦長はすぐにうなずきました。ハクト、アカネ、ルリ、ヒスイ。艦橋にいた勇者の四人も、期待に満ちた目でマレを見ます。
『増幅の魔法を使って、クサナギの主砲をパワーアップさせて、いばらを撃ち抜くの』
「増幅の魔法……この船のエンジンで、エネルギー増幅に使われている魔法か?」
『はい』
マレが、ありったけの魔力を込めて、力を増幅させる魔法陣を構築する。そこにクサナギの主砲を打ち込んでパワーアップさせ、一気にいばらを撃ち抜き、突破する。
「マレくん……それだけかね?」
あまりにシンプルな作戦に、ハクトが思わず問い返すと、マレは「うん、それだけ」と答えました。