04 魔法の言葉 (2)
リンドウの意識が遠のき始めました。
今度こそ、完全に闇に飲み込まれてしまうんだろうな──と、リンドウがあきらめかけた時です。
「リンドーっ!!!」
大声で名前を呼ばれました。
その声で、途切れかけたリンドウの意識が戻りました。
「リンドウ、どこーっ! 返事をして!」
「カナ……リア……」
ぐっと歯を食いしばり、リンドウは声をあげました。
「ここだ……カナリア、ここ……だ!」
「リンドウ!」
足音が近づいてきました。続いて、ガンガンと金属を叩きつける音がして、いばらがゆるみました。「ピィッ!」と、先に解放された妖精の声が聞こえたかと思うと、メリメリと音がして、いばらが取り払われました。
「リンドウ、いたーっ!」
「ぷはっ!」
解放されて、リンドウは大きく息をつきました。
何度か深呼吸をすると、意識がはっきりとし、視界がひらけます。
目の前にカナリアが立っていました。リンドウと目が合うと、ホッとした顔をして、笑顔になりました。
「助けに、きたよ!」
えっ、と──リンドウは息を呑みました。
カナリアの笑顔が、一瞬だけ──ほんの一瞬だけ、シオリの笑顔と重なったのです。
「大丈夫? ケガしてない?」
「あ、ああ……だいじょう、ぶ……」
「よかったー」
ほっと息をつくカナリアを、リンドウはぼう然と見つめます。
「どうしたの? 大丈夫? やっぱりどこかケガしてるの?」
「いや、その……」
消えてしまったはずのカナリア。
二度と戻って来ない、そう言われていたのに、戻ってきたカナリア。
まさか。
そういうことなのか、と。
リンドウは目を見張ってカナリアを見つめました。
「カナリア、あんたが……あんたが……」
「ピィーッ!」
妖精が緊迫した声をあげました。
いばらが、妖精たちのバリケードを突破し、光子エンジンに向かい始めたのです。
「いけない……光子エンジンがやられたら、クサナギは動けなくなる……」
リンドウはいばらの中からもがき出ると、工具を手に立ち上がろうとしました。ですが、体に力が入らず、立ち上がることができません。
「私に任せて!」
「あ、ばか、行くな、カナリア」
リンドウが止めるのも聞かず、カナリアが駆け出しました。
フライパンを振り回して、光子エンジンへ向かういばらを食い止めようと戦い始めます。
「カナリア……無茶するんじゃ、ない」
「私なら、大丈夫!」
カナリアに向かって伸びたいばらが、黄色の光にはじき返されました。
「この光が守ってくれるから! だから、リンドウはエンジンを直して!」
「わかっ……た」
リンドウがうなずき、立ち上がろうとしました。
ですが、ガクリと膝から崩れ落ちてしまいます。
「リンドウ!」
「ちく、しょー……力が、入らない……」
「お願い、リンドウ! が──」
がちり、と。
カナリアの口が、強制的に閉じられました。
またです。
その言葉を言おうとすると、ものすごい力で口を閉じさせられてしまうのです。
「うっ……く……」
痛みをがまんしながら、カナリアはフライパンを振り回します。
いばらから脱出した妖精も集まってきて、なんとかいばらを追い払おうと奮戦します。
ですが、いばらは止まりません。
カナリアや妖精の攻撃をものともせず、とうとう光子エンジンに巻きついてしまいます。
いばらに巻きつかれ、光子エンジンにを守っていた青い光が少しずつ消えていきました。青い光が消えると、いばらはエンジン本体に巻きつき始めました。
エンジンの出力が急速に落ちていきます。うるさいほどに響いていた音が、どんどん小さくなっていきます。
「この、このっ!」
あきらめるものかと、カナリアはフライパンを振り回し続けます。ですが、あまりに多くて、どうにもなりません。
「妖精さん!」
カナリアと一緒に戦っていた妖精が、またいばらに捕まってしまいました。
「リンドウ!」
魔導エンジンのそばで、うずくまったままのリンドウにも、いばらが伸びていきます。
「アカネ! ルリ! ヒスイ! ハクト!」
通信機で呼びかけましたが、みんなからの返事はありません。
「艦長!」
誰からも、何の返事もありません。
「エンジンが!」
光子エンジンが、ついに止まりました。
一基だけ魔導エンジンが動き続けていますが、そこにもいばらが伸びていきます。いばらに巻きつかれた魔導エンジンが、ブゥゥゥゥン……と鈍い音を立て、やがて止まってしまいました。
バンッ、と大きな音がして、補助電源に切り替わりました。
ほとんどの照明が消え、非常灯だけとなりました。
「こ……の!」
薄暗い機関室の中、カナリアは一人フライパンを振り回しました。
「あきらめない、あきらめない、あきらめない!」
たった一人で歩き続けた時に励ましてくれた、魔法の言葉。その言葉を唱え続けながら、カナリアは必死で戦いました。
でも、カナリア一人では、クサナギを守ることも動かすこともできません。
戦うのなら、剣士・アカネが一番です。
守るのなら、巫女・ルリが一番です。
船を操るのは、飛行士・ヒスイが一番です。
難しいことを考えるのは、医者・ハクトが一番です。
機械のことなら、エンジニア・リンドウが一番です。
そんなみんなを力強く指揮するなら、艦長が一番です。
みんながいてこそ、クサナギは動くのです。
「みんな、起きて! 立って! 船を守って!」
私を、シオリのところへ連れて行って。
マレとのその約束は、まだ果たされていないのだから。
物語を、こんなところで終わらせるわけにはいかないのだから。
「約束したでしょ! みんな、立って!」
ガンッ、と音がして、カナリアの手からフライパンが叩き落とされました。
いばらが、カナリアを包み込むような形になります。カナリアを守る光の壁を壊せないのなら、丸ごと閉じ込めてしまえ──そんなつもりかもしれません。
「あきらめ……ないよ!」
肩で息をしながら、カナリアは叫びます。
だけど、足りません。
あきらめないだけじゃ、このいばらを押し返せません。
「みんな……」
こんな時に言うべき言葉を、カナリアは知っています。
たった四文字。
みんなを奮い立たせる魔法の言葉。
その言葉を言うために、カナリアは大きく深呼吸をしました。
「が──」
がちり、とカナリアの口が閉じさせられました。
言うな。
その言葉だけは、言うな。
その言葉だけは、聞きたくない。
悲鳴にも似た思いが、ものすごい力となってカナリアを押さえつけてきます。
「あ……ぐ……ぐぐぐ……」
だけど、カナリアは負けません。
口を閉じてたまるかと、全力で逆らいます。
「お願い……」
起きて。
負けないで。
立ち上がって。
戦って。
「勇者の、みんなぁぁぁっ!」
あごが外されてしまいそうな、そんな力をはねのけると。
カナリアは、ありったけの思いを込めて叫びました。
「がんばれぇぇぇーっ!」