表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/180

03 憎しみ (4)

 『カナリアくん、カナリアくん……無事かね?』


 通信機から聞こえてきた、ハクトの弱々しい声で、カナリアは意識を取り戻しました。

 いばらに弾き飛ばされ、医療用カプセルに叩きつけられた衝撃で、気を失っていたようです。


 「ハクト……」


 ズキン、と背中が痛みました。だけど、我慢できないほどではありません。

 大きく深呼吸をしたら、少し痛みが引きました。


 「なんとか、大丈夫だよ」

 『それは、よかった』

 「ハクトは大丈夫なの?」


 ハクトの声は途切れ途切れです。カナリアの呼びかけにもすぐには返事がありませんでした。


 「ハクト? 大丈夫なの?」

 『端的に言って……大ピンチだね』


 艦橋はいばらに埋め尽くされ、勇者は全員いばらに捕らえられた。

 シオリの声が頭の中に響いたかと思うと、体中の力を吸い取られ、動けなくなった。


 ハクトの説明に、カナリアは息を呑みました。クサナギを動かす勇者たちが全員動けない、まさに大ピンチです。


 『どうにか無事なのは……艦長だけ、だね』


 もっとも、艦長もいばらに巻きつかれていて、身動きできないといいます。


 『今、動けるのは……君だけだよ、カナリアくん』

 「え? 私だけ?」

 『モニター越しに、君が、光に守られているのが見えるのでね』


 ハクトの言葉に驚いて、カナリアは顔を上げました。

 医務室を埋め尽くす、いばら。白いツナギ姿の妖精がからめ取られ、身動きできなくなっています。


 だけどカナリアは平気でした。

 光の壁が、カナリアと、マレが眠る医療用カプセルを守っているのです。ルリが祈りを捧げて作り出す守りの壁に似ていますが、色は青ではなく、黄色です。


 「これ……」


 カナリアは、痛みをこらえて立ち上がりました。


 「なんなの?」

 『さて、わからない。光が生まれたところは、見ていなかったのでね』


 いばらは、黄色の光を突き抜けられないようです。うぞうぞと、光の周りを動き回るだけです。


 『カナリアくん、お願いがある』

 「なに?」

 『機関室へ行って、リンドウくんを助けてほしい』


 機関室もいばらに埋め尽くされ、リンドウが捕らえられてしまいました。そのせいでエンジンの修理が終わっておらず、クサナギはこのままでは止まってしまうといいます。


 「クサナギが?」

 『いばらに巻きつかれたままクサナギが止まれば……もう、打つ手はない。頼む、艦長が踏ん張ってくれている間に、リンドウくんを助けてくれたまえ』


 クサナギが止まらない限り。

 艦長が、きっとなんとかしてくれるから。



 「艦長……」



 ハクトの言葉を聞いて。

 ふぅっ、と──カナリアの意識が薄れました。

 カナリアの奥にいた『誰か』が、カナリアの意識を押しのけて出てきたのです。

 その『誰か』が、カナリアの口を借りてハクトに問いかけました。


 「……どうして、そう思うの?」

 『カナリアくん?』


 ハクトが不思議そうな声を返しました。カナリアが、急に落ち着いた声になったので驚いたのです。


 「艦長は……名前も知らない人だよ? 『世界の書』のどこにも書かれていない人だよ?」

 『……』


 『誰か』の問いに、ハクトは無言でした。

 『誰か』の言う通りです、艦長は「世界の書」のどこにも──主役でも脇役でも、どちらであっても──書かれていない人なのです。


 「ねえ、ハクト。どうしてハクトは、艦長を……あの大人を信じるの?」


 カナリアを包む黄色の光が揺れました。

 医療用カプセルの中で、マレがピクリと動いたような気がします。


 『ふふ……そうだね……うむ、そうだった』


 無言だったハクトが、小さく笑いました。


 『シオリくんが作った世界に、大人はいないんだったね』

 「……」


 『誰か』は何も言いませんでした。

 数秒の沈黙。

 そして、ハクトが答えます。


 『だからこそ、だよ』

 「え?」

 『大人がいないはずの世界に、たった一人だけ現れた大人。さて、艦長は何者か。その答えは、とても簡単だ』


 ハクトは一度言葉を切り、自信を持った声で言いました。


 『シオリくんはもう、助けてくれる人に出会っている。艦長はきっと、その人だ』



   ※   ※   ※


 長い黒髪の、スーツ姿の女性が脳裏に浮かびました。


 助けて、と手を伸ばせば、きっと手を取ってくれる。

 この人なら、きっと手を離さないでいてくれる。

 そう思わせてくれる人でした。


 そうです、この人です。

 『わたし』は──この人のところへ行こうとしていたのです。


   ※   ※   ※



 『ぐわっ!』


 通信機の向こうで、ハクトが苦しそうな声を上げました。

 その声に、『誰か』が引っ込み、カナリアの意識が戻ります。


 「ハクトッ!? 大丈夫、ハクト!」

 『頼む……機関室へ……リンドウくんを……この船を、守ってくれたまえ……』


 ハクトの声が途切れました。カナリアが呼びかけても、もう返事がありません。


 「ど、どうしよう」


 カナリアよりもずっと強い勇者たちですら圧倒される、いばら。そのいばらを相手に一人で戦うなんて、カナリアにできるのでしょうか。

 しかも、これまで助けてくれた妖精たちも、いばらに捕らわれているのです。

 戦い方を知らない、パティシエのカナリアが、一人で戦って勝てる相手なのでしょうか。


 『ピーッ!』


 声が聞こえました。

 妖精の声です。ですが、いばらに捕らわれている妖精ではありません。その声は、なんとカナリアの内側(・・)から聞こえてくるのです。


 「みん……な?」


 その声に問いかけたとき──カナリアの脳裏に、思い浮かぶ光景がありました。

 


   ※   ※   ※


 光も音もない、静かで真っ暗な世界。

 その世界の奥底で、カナリアは白い粉となって積もっていました。


 ──カナリア。


 そんなカナリアに、『誰か』が声をかけてきたのです。


 ──チカラ、ヲ、カシテ。


 たどたどしい声で、呼びかけてきた『誰か』。そんな『誰か』に、カナリアはこう答えた気がします。


 無理だよ。

 私は、もう、退場しちゃったから。


 だけど、『誰か』はあきらめませんでした。


 ──オネ、ガイ。

 ──アナタジャ、ナイト、ダメ、ナノ。


 どこからか差してきた光が、カナリアを──カナリアだった白い粉を照らしました。

 光に照らされたカナリアは、闇の底からゆっくりと浮かび上がります。


 ──オネ、ガイ。

 ──ワタシ、ヲ、タスケテ。


 その言葉に、カナリアはハッとなりました。


 「あなた、もしかして……」


 ──アナタノ、ココロヲ、カシテ。

 ──モウ、コレシカ、ホウホウガ、ナイノ。


 「うん、いいよ」


 光に包まれて、白い粉が一つになっていきます。


 お団子頭にエプロン姿の、十歳の女の子。

 背中の黄色いリュックには、フライパンを始めとする調理器具。


 パティシエ、カナリアの新たな誕生です。


 「ピーッ!」


 姿を取り戻したカナリアのところへ、黄色いツナギ姿の妖精たちが集まってきました。

 そして、次々とカナリアの中に飛び込んでいきました。


 消えてしまったカナリアのお話を、新たに始めるために。

 黄色いツナギ姿の妖精たちは、すべての力をカナリアに与えたのです。


 行け。

 君が、ジョーカーだ。

 勇者と魔女がピンチの時。

 君がみんなを──物語を守るんだ。


 「うん」


 みんなの言葉にうなずいて、カナリアは目を開きます。


 「お待たせ。さあ、一緒に行こう!」


 ──アリ、ガトウ。


 目の前に漂う、透明な光の玉。

 その光の玉を手に取ると、カナリアはそっと胸に抱きしめました。


   ※   ※   ※



 『今こそ、その時だ!』


 カナリアの中にいる妖精たちが、力強い声をあげています。その声に、カナリアの不安が吹き飛びました。


 「うん、そうだね」


 カナリアは胸に手を当てて、中にいる妖精たちと──『誰か』に語りかけます。


 「私、力を貸す、て約束したんだもんね。行かなくちゃ!」


 宇宙戦艦クサナギ。

 『勇者と魔女と星渡る船』という物語。


 ここで船を沈めるわけにはいきません。

 ここで物語を終わらせるわけにはいきません。

 カナリアは、そのためにここにいるのです。


 「よぉし!」


 カナリアは威勢のよい声を上げ、リュックを背負って立ち上がりました。


 目の前には、いばらの壁。

 絶対に行かせまいと、カナリアの前に立ちはだかっています。


 「負けないからねっ!」


 カナリアはフライパンを手に取りました。

 そして、医療用カプセルの中で眠るマレを振り返り、笑います。


 「私が、みんなを助ける。だから、そのあとはお願いね!」


 まかせて。


 マレの、そんな声が聞こえたような気がして、カナリアは奮い立ちます。


 「勇者・カナリア、行くぞー!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 電王の敵怪人、みたいな(違 限界無限!! いざ飛び込めクライマックスジャンプだぜカナリアちゃん!!
[一言] だいたい合ってたー! 感覚的ですが、読みの通り!(`・∀・´)g
[一言] がんばえー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ