05 つらぬく光 (1)
魔女が杖を振ると、渦がさらに速く大きくなりました。巫女が少しでも渦を弱めようと祈り続けていますが、魔女の力にはまるでかないません。
「くっ……こ、ここまでの強さですか……」
巫女が悔しそうに魔女を見つめます。
デュランダルが再び渦の中心へと引きずり込まれていきました。渦の中心にある、夜より濃い闇の穴が、デュランダルを飲み込もうと大きく口を開けています。
もうだめだと、パティシエは舵輪を握る手にギュッと力を込めました。
そのときです。
──第一砲塔、エネルギー回路接続完了!
──照準、よし!
──安全装置、解除!
パティシエの頭の中に、そんな声が響いてきました。
「え……誰?」
すぐ後ろにいる海賊や医者の声とは違いました。離れた場所にいる剣士や巫女の声でもありません。それに、耳で聞こえたというより、頭の中に直接響いてきた、そんな感じの声です。
パティシエが不思議に思っていると、闇の穴から白くて細い光が伸びてくるのが見えました。
「なに、この光?」
魔女も光に気づきました。驚いた様子で、闇の穴を見下ろしています。
──気づかれたぞ、急げっ!
──くっ、エネルギー漏れが大きい! 無茶だ!
──今、無茶しないで、いつするんだっ!
そんな慌ただしい声が続く中、白い光が徐々に強くなっていき、やがて魔女の全身を照らす光となりました。
──主砲、発射準備完了! 艦長っ!
「なんなの!?」
危険を感じた魔女が、光から逃れようと慌ててほうきを操りました。
その瞬間。
──撃てぇっ!
力強い女の人の声とともに、魔女を照らす光が一気に強くなりました。
ドゥンッ、とものすごい衝撃が起こりました。
白い光が闇の穴を粉々に砕き、ドギューゥゥゥン、と耳をつんざくような音を立てて、海から空へと突き抜けていきます。
「わ、わわわっ!」
「パティシエ、面舵……右だー!」
驚いてすくんでいたパティシエに、海賊が大声で怒鳴りました。
パティシエは慌てて舵を右へ回します。間一髪で、デュランダルは押し寄せた波を乗り越えました。
「くっ……危なかった……」
魔女も、ギリギリで光を避けていました。それでも帽子や服が少し焼け焦げています。デュランダルの大砲ではかすり傷一つ負わなかったのに、あの光はかすっただけで魔女にダメージを与えていました。
「な、何事かね?」
「知るかよ」
医者と海賊が呆然とする中、ブウゥゥン、と力強い音が聞こえてきました。
光が貫き、闇を打ち砕いてできた大きな穴からです。「今度は何だ!?」とみんなが固唾を飲んでいると、穴の中から若草色の飛行機が飛び出してきました。
「あれは……アゾット号か!」
若草色の小型戦闘機、間違いありません、アゾット号です。
猛スピードで飛び出してきたアゾット号は、そのまま一気に上昇し、ふらふらと飛んでいた魔女に猛然と襲いかかりました。
「な、なんで!? 墜落したのに!」
「僕とアゾット号が、そう簡単に落ちると思うな!」
飛行士も無事です。素早く操縦桿を操り魔女を照準で捉えると、ダダダダッ、と機関砲を発射しました。
魔女が慌ててほうきにまたがり、全速力で飛び始めます。しかしスピードはアゾット号の方が上です。
「このっ! 光、集いて敵を穿て! 魔法の矢!」
「当たるもんかっ!」
魔女の攻撃をアゾット号は急旋回で避け、機関砲で反撃しました。魔女も上下左右に飛び回り、軽やかに銃弾を避けています。
上へ下へ、右へ左へ。
目の回るようなスピードで、飛行士と魔女は互角の戦いを繰り広げました。
「これはこれは……見ごたえのある空中戦ではないか」
「ぼーっと見てんじゃねえよ。逃げるぞ!」
光に貫かれて闇の穴の力が弱まったのか、渦が小さくなり始めていました。今なら渦から脱出できそうです。
「パティシエ、面舵いっぱい!」
「え、え、オモカジってどっち!?」
「右だ、右! そろそろ覚えろ!」
「無茶言わないでよー!」
パティシエは舵輪を右へ回しました。デュランダルが進路を変え、力強く前へ進み始めます。
「デュランダル、逃がさないっ!」
「させるもんか!」
デュランダルが逃げ出したのに気づいた魔女が、再び渦を作ろうとします。
そうはさせるかと、飛行士は魔女に体当たりする勢いで接近し、魔女が魔法を使うのを邪魔します。
「このっ! うっとおしい飛行機ね!」
いら立った魔女が、まっすぐ上に急上昇しました。アゾット号も急いで追いかけますが、魔女は飛行機ではまねできない急上昇と急旋回を繰り返し、アゾット号を引き離しました。
「何度も言わせないでよね……」
アゾット号から距離を取り、デュランダルをはるか下に見下ろす空で、魔女は杖を構えました。
「『名もなき勇者』に負けるほど、私は弱くないのよ!」