03 憎しみ (3)
クサナギの艦内を、いばらが埋め尽くしていきました。
妖精たちが必死でいばらを切り払いますが、次から次へと伸びてきて、押し流されてしまいます。
そして、伸び続けたいばらの先が、医務室の扉にぶつかりました。
「うわっ!」
ドォン、と大きな音に、カナリアは驚いて声を上げてしまいました。いばらが扉をこじ開けようとしているのでしょう、メリメリと音を立てて、扉がゆがんでいきます。
「ピィーッ!」
医務室にいた、白いツナギの妖精たちが、魔法銃を手に整列します。
カナリアも、愛用のフライパンを手に医療用カプセルの前に立ちました。
「魔女は……マレは、私が守るからねー!」
HP 503/600
MP 825/979
医療用カプセルのモニターには、そんな数字が映っています。
あと少しです。
あと少しで目を覚ますはずです。
世界最強の魔女、マレが!
「マレが目を覚ましたら、こんないばら、あっという間にやっつけてくれるよね!」
「ピィッ!」
カナリアの言葉に、妖精たちが親指を立てて答えたとき──バキリ、と大きな音がして、医務室の扉が割れました。
「来るよ! みんな、が──」
がちり、とカナリアの口が閉じさせられたのと同時に。
医務室の扉が粉々にされ、いばらが一気になだれ込んできました。
◇ ◇ ◇
いばらの勢いは止まりません。
艦橋にいた勇者が絡め取られ、妖精が押し流され、いよいよ機関室まで伸びてきました。
「絶対に入れるんじゃないよ!」
「ピィーッ!」
リンドウの声に、妖精たちが勇ましい声を上げ、魔法銃を撃ち始めます。
それを横目に、リンドウは大急ぎで魔導エンジンの整備をします。
「……ばかやろうが」
ぶっ潰してやる。
シオリのその言葉が、リンドウはとてもショックでした。
星渡る船。
みんなで一緒に月へ行こう。
その願いをかなえるための、シオリの夢の象徴。
それを「ぶっ潰す」と言うなんて、リンドウには信じられませんでした。何度も「ばかやろう、ばかやろう」とつぶやくリンドウのほおを、涙がこぼれます。
「あんなに、楽しそうに笑っていたじゃないか!」
月へ行こう。
みんなで月へ、いっしょに行こう。
高らかに宣言し、心の底から楽しそうに笑っていたシオリ。それなのに、どうして「ぶっ潰してやる」なんて言うのでしょうか。
「くっ!」
妖精の攻撃をものともせず、いばらが機関室へと入ってきました。魔導エンジンを修理しているリンドウの足に絡みつき、引きずり倒そうとします。
「こ……の……離せぇっ!」
ゲンコツで殴りつけ、どうにかいばらを払いのけましたが、すぐにまたいばらが伸びてきます。
「シオリ……シオリィッ、あきらめるんじゃないよっ! あんたの夢なんだろ!」
「ピィーッ!」
四方八方からいばらに巻き付かれ、リンドウはとうとう床に倒されてしまいました。
助けに来ようとした妖精も、いばらに押し流されてしまいます。
──ねえ、リンドウ。
リンドウの頭の中に、シオリの声が聞こえました。返事をしようとしましたが、いばらがリンドウの口をふさいでしまい、声が出せません。
──お願いよ。私と一緒に……
死んで。
その言葉が聞こえた途端。
リンドウの体から、ごっそりと力が抜けてしまいました。
◇ ◇ ◇
クサナギの外も内も、いばらで埋め尽くされました。
勇者も妖精も、いばらにからめ取られ、身動きできません。
機関室を埋め尽くすいばらが、エンジンを止めてしまうのは時間の問題でしょう。
でも、艦長はひるみません。
シオリが向けてくる憎しみを真正面から受け止めながら、締め付けてくるいばらを全力で押し返します。
「帰ってよ」
シオリの静かな言葉に、艦長は首を振ります。
「帰りません。あなたを、助けるまでは」
「身動きすらできないのに? みんなだってもう、終わりだよ」
「……見くびらないでいただきたい」
艦長は、いばらに巻きつかれた勇者たちを見ました。
「彼女たちは、勇者。勇気ある者。希望の光が灯り続ける限り、決して負けません」
「……ないよ、希望なんて」
「あります」
「ないよ……ない、ない、ない、この世に希望なんて、ない!」
「くっ……」
いばらが締め付ける力が、さらに強くなりました。
「もういい、お前となんか話すことはない!」
「私には……あります!」
どうか見て欲しい、希望の光を。
どうか気づいて欲しい、希望に導かれた勇者たちを。
どうか、思い出して欲しい。
それは、他の何者でもない、シオリ自身の力だということを。
「あなたの中には、まだ、これだけの力が残っているのです!」
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさぁぁぁい!」
消えてしまえ!
ありったけの憎しみの声を残して、通信パネルからシオリが消えました。
「ぐっ……」
宇宙戦艦クサナギにとどめを刺そうと、いばらが動き始めました。艦長は、さらに強い力で締め付けられ、指一本動かせなくなります。
それでも、艦長の目には強い光が宿ったままです。
「あきらめないで……シオリちゃん」
必ず行くから。
絶対に、あなたを助けに行くから。
だから、どうかお願い。
「手を……どうかその手を……伸ばして……」
──そんな艦長を、いばらの隙間から見ていたハクトは。
「そういうことか」とうなずくと、もがきにもがいて、通信機のスイッチを入れました。