03 憎しみ (2)
シオリは、何も言いませんでした。
身動きひとつせず、ただまっすぐに艦長を見つめています。艦長もまた無言で、シオリのまっすぐな視線を受け止めています。
「………………そう」
長い沈黙の後で、シオリがぽつりとつぶやき、抱えたひざに顔をうずめました。
「ふふ」と、かすかな笑い声。
シオリの肩が小さく震えました。まるで泣いているようですが、聞こえてくるのは笑い声です。
「ふふ……くっ……くくくっ、あはっ、あはは……あははははっ!」
やがてシオリは、大きな声で笑い出しました。
ですがその笑い声は、ちっとも楽しそうではありません。
乾ききって、虚ろで、聞いているだけで悲しくなるような、そんな笑い声です。朗らかでいつも元気だった、みんなが知っているシオリの笑い方とは全然違うものでした。
「……はぁ」
乾ききった笑い声が、ピタリと止まりました。
シオリが、ひざから顔を上げました。
その顔を見て、勇者のみんなは息を呑みます。
シオリの顔に浮かんでいたのは。
まぎれもない、憎しみでした。
「ねえ」
低く、うめくような声で、シオリが勇者に問いかけました。
「誰が助けて、て頼んだ?」
その言葉が終わるやいなや。
大きな音とともに、クサナギが激しく揺れました。まるでひっくり返りそうな勢いで、上下左右に揺さぶられます。
「うわ、うわわわーっ!」
激しい揺れに、ヒスイは椅子から転げ落ちてしまいました。ヒスイが舵から手を離してしまったので、クサナギの揺れがますます大きくなります。
「何事だっ!」
「い、いばらが、四方八方から、からみついて……振り回されています!」
からみついたいばらが、クサナギを振り回すように伸び縮みしました。さんざんに振り回されて、勇者のみんなは艦橋の中を転がり回ります。
「全砲門、撃て!」
アカネの号令で、クサナギの全砲門が火を吹きます。ですが、いばらは次々と伸びてきて、砲撃をものともせずにクサナギを包み込んでしまいます。
「防御壁、破られました!」
船を守っていた、クサナギの防御壁が突き破られました。さらに、ルリが作った守りの壁も壊そうと、ものすごい力で締め付けて来ます。
ルリは必死で祈りを捧げましたが、すさまじい圧力に対抗しきれません。
「だ、だめです……破られ……ます」
パキン、と乾いた音がして、クサナギを守る青い光が消えました。
いばらが一気に伸びて来て、クサナギをがんじがらめにしてしまいます。そして、天使が空けた穴から艦内に入り込み、ものすごい勢いで伸びていきます。
「総員、身を守れ!」
艦長のその声が響くと同時に、バンッ、と大きな音がして艦橋の入口が破壊されました。
いばらです。
ついさっき艦内に侵入したいばらが、もうここまで伸びて来たのです。
「ルリっ!」
「アカネっ、助けて!」
いばらがルリをからめ取ろうとしていました。祈りを破られ疲れ切っていたルリは、いばらから逃れることができません。
「このっ! 焔ぁっ!」
アカネが剣を取り、いばらを焼き払いました。ルリをどうにか助け出しましたが、いばらは次々と伸びてきます。
「わー、ちょっとちょっとー!」
「ヒスイ!」
ヒスイの方にもいばらは伸びていきました。ですが、アカネはルリを守るので精一杯です。
「シオリくん、やめるんだ!」
ハクトがシオリに呼びかけましたが、シオリはハクトを見ようともしません。
シオリが見ているのは、ただ一人。
艦長席に座る、艦長です。
「……帰ってよ」
低く小さな声で、シオリが艦長に告げます。
ですが艦長は、きっぱりと首を横に振りました。
「あなたを助けるまで、私は帰りません」
ぎりっ、と。
シオリが歯をくいしばる音が聞こえました。
「……ふざけんな」
ふざけんな、ふざけんな。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!」
まるで呪いのように同じ言葉を繰り返し、シオリは最後に絶叫しました。
「いまさら……いまさら! ふざけるな! 帰れ! 今すぐ帰れぇーっ!」
シオリの怒りが嵐となって、クサナギをほんろうしました。
ドォンッ、と衝撃が走り、クサナギがぐるりと回ります。
勇者のみんなが艦橋を転げまわる中、艦長はしっかりと椅子に座ったまま、シオリから目をそらしません。
「帰りません」
勇者が、立ち向かう限り。
魔女が、あきらめない限り。
この船が、飛び続ける限り。
「私は必ず、あなたのところへ行き、助けます」
「……そう」
艦長の決意に満ちた声に、シオリはまたうつろな目になり。
冷たい声で、言い放ちました。
「だったら、私がその船を、ぶっ潰してあげる」